葛城和泉という少年は、とても正義感があり幼いながらも向上心の強い、優しい心の持ち主だ

学校でも成績優秀で、友達も多くムードメーカーと知られ、大人から見ても彼は何処の生徒よりも一目置かれている。彼の回りには常に笑顔があった。これは彼本来の性格の賜物と言ったところだろうか

それに加えて、裏の存在とも知られる名家葛城家の、次期葛城家当主後継者としても有望な人材として重宝されていた。和泉は幼いながらも能力が高く、また父親を目標としているだけあって向上心も重ね、このまま行けば本当に父親を超えるだろう。将来葛城家は安泰だと褒めたてられ、身内からはとても大切に育てられていた






「まあ、和泉。テストで満点を取ってくるなんて、本当に和泉はイイ子ですね。後でお祖母さまに見せに行きなさい。お祖母さま、喜びますよ」

「うん!」

「よくやったな、和泉。それじゃその気持ちを忘れずに学校の宿題が終わったら破魔術の修業だから準備しておくんだぞ」

「はーい!」






欲しいものは何でも手に入った。望むものは全て揃っていた

不自由を知らず、平和気儘なままに生きてきた。家業にもなると少々平和とかけ離れた非日常を余儀無くされても、和泉の回りには家族がいた。家族が彼を守っていた。家柄が家族を守っていた。全てに守られていた


目の前に広がる、与えられた世界の中で平和に生きる。自分が目指す目標を、自分が歩む道筋をまっすぐに進む。道逸れる事が無い、定められた己自身の運命を辿る

幼い和泉にはまだ十分に理解出来ていなくも、彼の中では幼いからこそ、確かな道筋を描いていた。まずは学校の勉強を頑張って、小学生を卒業し、中学高校を卒業し、社会人になる。それから本格的に親の跡を継いで立派な破魔師になる。曖昧で漠然だけど、しかし十分過ぎる夢

夢は少しずつ構成されていく。彼が成長をするたびに。小さな夢は大きく膨らんでいき、やがては立派な柱となるだろう。そして夢が開花され、目指していた未来の扉が開かれる。その先の未来は、きっと今以上に楽しくて幸せなんだろう


そう、信じていた






―――――しかし、























(崩れていく夢の欠片)











きっかけは、和泉の十歳の誕生日

学校の友達に誕生日パーティで祝ってもらい、次には一族揃って和泉の誕生日を祝った。立て続けに沢山の人達から自分の誕生日を祝ってもらい、和泉は至極喜んだ。十歳になれた、プレゼントをいっぱい貰った、皆から「おめでとう」と言われた。これ以上の喜びが、他にあっただろうか

幸せまどろむ温かい空間で楽しげに笑い合う。温かい家庭、温かい友情

しかしこの誕生日こそが、和泉の幸せだった家庭の最後となってしまう







「――――なん、だよ…これ…」







和泉の胸元に、不気味に咲く彼岸花

薔薇の棘の様な、楔の様な、彼岸花の形をした不気味な黒い模様が現れたのだ。始めは黒い印で、小さいものだったからホクロか何かだと、気にしていなかったのに

模様は、気付いたら右肩に伸びる様に走っていた

一輪の彼岸花を、伸びる蔦が絡めて咲く

当家特有の模様かと思うも、当主である父親にはそんな模様は見当たらない。ならこれは一体何なんだ。和泉は嫌な予感がした。何故なら彼岸花は戒めの印。不吉な華として有名な花なのだ

何故、こんな花が自分の身体に彩られているのか

和泉はまだ、何も知らなかった







嫌な予感は的中する







「―――っ、これは…!」

「そんな…!」

「父さま、母さま…?」

「……文献でしか読んだ事が無かったが………っ、和泉…どうして…!」

「嘘よ!どうして和泉が、こんな…!」

「っ、何なんだよ!この模様って、一体何なの!?」

「「―――――…ッ」」






意を決して両親にその胸の模様を見せた和泉が見たものは、愕然とする両親の姿

初めて見た。絶望という言葉に相応しい表情を浮かべる両親の姿を。模様の前に絶句する父親、イヤイヤと涙を流しその場に崩れて嗚咽を漏らす母親。一体この模様は何なんだと、不安に駆られ追及しても二人は現実を受け入れられずに微動だにしなかった


それからだ。和泉の世界が劇的に変わってしまうのは


騒ぎを聞いて次々と現れる身内の者。そして最後に現れた前当主であった祖母が和泉の胸の模様を見た瞬間、あの優しい祖母の表情が険しくなった。初めて見る表情を前に、和泉はただ戸惑うばかり






「――…その模様は呪いの華印



破壊の力が蘇る――【時空の破壊者】の、恐ろしい存在が」







祖母が呟いた言葉の意味を知る事は出来なかった

しかし、この模様が現れた事で――――自分がもう葛城家の跡継ぎにはなれない

その事だけは、理解できた










和泉は幽閉された







今まで、けして近付いてはいけないよと幼き頃から言われ続けた、離れの屋敷。まさかこの屋敷に入るどころか、自分がそこに幽閉されてしまうだなんて、誰が想像したか

屋敷全土に特殊な術の布陣が描かれた、不気味な中に和泉は入れられた。恐らくそれは模様の進行を抑える力が発動されているのだろう。しかも別枠の術が発動しているのか、閉められた扉というモノが全て強大な力で固定されていた。外からは開けられても中からは決して開ける事が叶わない、鉄格子に囲まれた屋敷

全てを無効にしてしまう、難攻不落の屋敷。そんな屋敷に和泉は呆気なく放り込まれた







「父さま!母さま!



 っ、誰か…ここから、出して…!」







どんなに声が枯れるまで泣き叫んでも、騒いでも、手が壊れるくらい扉を叩いても、誰も和泉を助ける事は無かった

それがより一層、和泉に絶望が突き刺さる






「なんで、だよ…なんで、………う、う………っわあぁあぁああああああぁぁぁあああッ!!」






和泉の叫びは、誰の耳にも届かず虚空の中へ吸い込まれていったのだった

























和泉が幽閉されたその日の夜

満月が、燦々と輝いていた




――――紅い輝きを放ちながら








紅い満月が嘲笑う



20120530
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