それから世界は【時空の破壊者】の脅威から逃れたと同時に【異界の万人】を失った

【異界の万人】は世界の象徴ともいえる尊い存在だ。一般的に"神"とも呼ばれている。【異界の万人】の聖性が体内から放出する事で、世界の安定を測る役目もあった。しかし【異界の万人】が居なければ世界の象徴は愚か安定も測る事は不可能。世界を蝕む負のオーラさえも取り除けない

それが、消える

異世界は少なからず影響を受けただろう。中には聖性という地盤を失い崩壊していく世界も在った。しかし【異界の万人】は女帝、彼女達の下に従う頼もしい仲間達が世界の安定を測った。自分達の世界を、守る為に。後に世界は徐々に安定し始め、【異界の万人】無しで当初あるべき序盤に取り戻す事に成功する


故に世界は"神"を必要としなくなった


























(大きな傷を隠しながらも)













――――時は流れる

何百を越えたのか、何千を超えたのか、もしくは数秒か、はたまた一瞬だったのかもしれない。誰も把握する事が無い時の流れは、ただ静かに移ろいでいく



数多の異世界の中にある、何処かの空間の中に存在する世界



何処にでも在り、何処の世界にも似た、ありふれた平和な世界

物語の舞台は、此処から始まる







―――――――
――――














あの時の俺はまだ、幸せだった








「―――…父さま、母さま!おれ、今日剣術のおけいこで先生にほめられたんだ!お前はそしつがあるって!みんなもボクのこといっぱいほめてくれたんだ!」








由緒ある大きな屋敷の中から聞こえるのは、まだ声変わりもしていない愛らしい一人の少年の声。パタパタと広い渡殿を走り、向かう先は大好きな両親の元へ。そんな少年の姿に、部屋の中にいた両親は笑顔で迎えた

とても微笑ましく、仲睦まじい家族の姿。まだ七つもいかない少年と、和の服を着こなす少年の両親。嬉しそうに母親に抱き着く少年を、母親は抱き留め、父親は少年の頭を撫でる。何処にでもいる家庭的な、けれども少し違う様な。ありふれた一面がそこにはあった

立派な日本庭園、カコンと耳をくすぐる獅子落し、優しい色合いを魅せる花々。それらに囲まれて笑い合う家族の姿は、とても微笑ましいものだった


此処は名家、葛城家


"その道"に知らぬとはいない、人の怨念や憎念で生まれた悪霊を退治する「破魔」の一族










そうだ。俺はこの世界で生まれ、葛城家の跡取りとして育ってきた

随分と大切に育てられてきたと思っている。あの頃の俺は無知だった。何も知らないで、ただひたすらに、目先の事だけを突き進んでいた











「おや、まあ。それはそれは。母さまはとても誇らしく思いますわ。ねえ、旦那様」

「ああ、そうだ。なにせ俺とお前の子だからな。素質はあるに決まっている。むしろ、俺よりも素質があったりしてな。そのうち追い抜かれて俺を倒してしまったりな」

「へへーん!おれいっぱいいっぱい修業して、いっぱい勉強して、父さまよりスッゲー強い当主になってやるんだからなー!」

「言ってくれたな。ならお前には是非ともたくさん頑張ってもらわないと。これからが大変だからな、覚悟しとけよ」

「フフフ、母さまはとても楽しみですよ







―――――――和泉」







何処にでもありふれた世界の中に存在する、普通とは少々かけ離れた生活を贈るこの家族

その中の、楽しげに笑う少年。両親の間に囲まれて、何不自由となく生活をしているこの少年こそが、この物語の主人公

彼の名は、葛城和泉

そしてこの少年こそが、複雑な連鎖に巻き込まれ、悲劇を生む張本人となってしまう










――――和泉、葛城和泉

それが、俺の名前。俺の名前だったもの。もう昔の記憶など朧気で曖昧で、久しく聞かなくなった名前

嗚呼、久し振りに聞いた名はとても――――悲しいものだな











「あ、母さま母さま。またあのお話聞かせてよ。【異界の万人】の、おとぎ話!」

「おや、まあ。随分とあのお話を気に入ってくれた様ですね」

「うん!あのお話、おれ好きだ!おれ【異界の万人】みたいな、強くて立派な、破魔師になってやるんだ!そしていつか、【異界の万人】におめどおりしてもらうんだ!」

「ハッハッハ!そうきたか!いや、しかし、父様は誇りが高い。そうやって目標高々く、そしていつか【異界の万人】に会えたらいいな」

「うん!」






楽しげに、微笑ましく、安らかに

温かい家庭、安心の団欒

少し特殊な家庭で、特殊故に宿命を背負わされてしまったとしても。普通の家庭とかけ離れていても

確かに此処は、誰がどう見ても、とても、暖かくて、シアワセだった



( ほ ん と う に ? )











昔の俺は無知だった

無知だったから、何も知らない

嗚呼、笑える話だ――――昔はあれだけ憬れていた存在が、今では対立する因果関係になってしまったんだから












「おれ、明日もいっぱいがんばる!」










少年は笑う

明日が当たり前に来る事を信じて






まだ悲劇は始まらない


20120515

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