世界の狭間とも呼ばれる、誰も知らない無法地帯の異世界。何も存在しない、何も囚われない、無でしかないただの空間。本当に何も存在しないただの空間は、風は愚か、人間が生きていける必要なモノなど存在しない

そこは、幾千にも及ぶ数多の激闘が繰り広げられていた

一体、幾つの時が流れていたのだろうか。一秒か、一分か、一年か、もしや百年か。随分と長い時が流れたように感じる。その間にもこの異空間は爆発が轟き、無い筈の風が吹き、激しい光が迸る。こんなにも激しい戦闘をずっと繰り広げられているにも関わらず―――誰も、この戦闘の事も、この異空間の事も、何も知らない
























(時が、風が、止まった)











一人の男と一人の女が戦っていた

勝利したのは、女の方だった

美しい女だった。背中に輝かしい四翼を生やす彼女は、それはそれは美しく、見惚れてしまうくらい立派な出で立ちだった。無しかない世界で光が存在出来るのも、彼女の翼から発光する光のお蔭だろうか。長きに渡る激闘で、心身共に疲れ果て、その姿もボロボロなのに、そんな姿さえも、凛々しくて

彼女の腕<かいな>の中にいるのは―――…今にも消えそうになっている、先程激闘を繰り広げていた男の姿

彼女の聖性の力か、彼自身の身体が限界だったのか。人のカタチをした身体が徐々に薄くなっていき、足先から光の粒子となって消えていく。これが激闘を繰り広げ、敗北した敗者の結末。男の顔は髪に隠れて窺えない。そんな彼の髪を、女は撫でた

ずっと憎しみ合っていたのにも関わらず、何処か彼女の手は優しいものだった



















(全ての終止符を着ける為に)











誰もいない筈なのに、女と男しかいない空間に、別の声が女の脳内に声を響かせる




『―――…本当に、それでいいの?貴女はそれで、本当にいいの?』





女を咎める、別の声

何故、この選択肢を選んだのかを。それで後悔しないのかと、声は問う。声の主は一体何者か、しかし今はそんな事はどうだって良かった

その声に、女は笑みを浮かべて首を縦に振る





「えぇ、これで良いのですよ」

『どうして、』

「わたくしの存在が在る限り、彼という存在が出てきてしまう。連鎖を断ち切る為には、こうするしか方法は無いのですよ。それはあなたが一番理解しているはずですよ」

『…………』

「それに、わたくしは随分と長い時間を渡って生きてきました。わたくしは、十分に真っ当し、十分に人生を謳歌してきたつもりです。思い残すモノは、ありません」

『………』

「あなたには随分と迷惑を掛けてしまいました。これが、わたくしの最後の我が儘です」

『……分かったわ。なら私は貴女に従うわ。それが貴女の為であり、今後の為でもあり―――…次の世代の子の為にも』

「―――…ありがとう、フレイリ」





女は、ずっとそばにいてくれた親友に笑みを浮かべる。声は辛い時も悲しい時も、どんな時もそばにいてくれた。声がいてくれたから、露頭に迷う事は無かった。声のお蔭で、乗り越えてこれた。ありがとう、本当にありがとう。心のそこから言葉を述べれば、声は言った

「また、会いましょう」と

それが、最期に交わした言葉だった

(本当にまた会えるかどうかは分からないのに、彼女はまた同じ言葉を言うのだった)
























(終わる、全てが)











「もう、残りの聖性も後僅か。命の灯火も消えゆく定め。なれば、わたくしは最後の役目を果たしましょう」






男の身体が粒子と共に消えていく

フワリとはためく四翼もまた、光の粒子となって消えていく

粒子は空に舞い上がる

無の世界に色彩を着けながら






「わたくし、【異界の万人】九代目メイリェス・アルファ・レイチェルは、今日この日をもって自身の命と共に【時空の破壊者】を封印する。ならびにこの日をもって、【異界の万人】の連鎖を封印させる。それが、【わたくし達】の長年の夢であり、切望だから」






【異界の万人】九代目は宿敵でもあった【時空の破壊者】を、己の命を代償に封印をした。女と男は憎しみ合っていた、しかし同時にお互いを愛し合っていた。故にこの負の連鎖を断ち切りたかった。もう、こんな辛い宿命とは、さよならをしたかった。お互い強い力で、互いを傷付け合いたくなかったから

そして己の聖性を全て使って、【異界の万人】をも封印する事を決意した。たとえ女の体内に宿る聖性が尽き、死に至ったとしても、魂の連鎖までは止まらない。連鎖が続けば、新たに生まれた生命はまた【自分達】と同じ末路を辿ってしまう。それだけは避けたかった

次生まれるもう一人の【自分】には、普通の人間として生きて欲しい。異世界の事なんて何も知らず、己の運命と共に、人間らしい生活をしてもらいたい

それが、長年の夢だったから





「―――さようなら、愛しき世界よ」





そして女は最後に涙を浮かばせながら、最後の力を振り絞って全てを終わらせた。全ての連鎖を断ち切る為にも

女が聖性を解放した事で、空間は眩い光に包まれた。強い光と強い力はまたたくまに世界を構成していき、やがては一つの世界が生まれた

いつかこの世界は時が生まれ、大地が生まれ、生命が生まれるだろう。そして世界は繁栄していく。激闘の傷跡を、隠して












傷跡を隠しましょう

輪廻の扉を閉じましょう

宿命の楔を解き離そう

鎖を解いて、焦がれたあの光へ












眩い光の中…――――女は最後に笑みを浮かべ、静かに瞼を閉じたのだった







命を犠牲にした終焉




20120505


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