リコリス・リコイル | ナノ
ロボ太くんとキス



真島さんにパンツを見られてしまった翌日。私はまたロボ太くんに呼び出されて彼の部屋を訪れた。部屋のドアを開けると、いつもなら椅子に腰掛けてモニターとにらめっこしているはずのロボ太くんが珍しく仁王立ちして私を迎えてくれる。私が来るまでずっとドアの前で突っ立って待機してたんだろうか。想像するとちょっと間抜けだ。もしかしたらドローンとか飛ばして外の様子を見てたのかもしれないけど。というか、気のせいかな。ロボ太くん、なんか怒ってない? いつもよりほんのちょっぴりだけ迫力があるような…そうでもないような…。


「どうかしたの?」


私の問いかけにもロボ太くんは何も答えない。とりあえず後ろ手にドアを閉めると、それと同時にロボ太くんが距離を詰めてきた。そして私の顔のすぐ横に手をつき、こちらに顔を近付けて…あっ、これ恋愛ドラマで見た事ある。所謂壁ドンってやつだ。おかしいな、壁ドンって女の子がドキドキするシチュエーションじゃなかったっけ。ロボットの被り物をした相手にやられるとこんなにもシュールなんだね、知らなかった。ロボ太くんは怒ってるかもしれないのに思わず笑いそうになってしまう。…あ、ちょっと待って。さてはロボ太くん、怒ってるわけじゃないな?


「それで? ロボ太くんはこれから私にどんな刺激的で面白い体験をさせてくれるの?」


ロボ太くんはようやく"後悔するなよ"宣言の具体的な内容を思い付いたのだろう。やっと実行に移しくれるのか。笑顔で問いかけてみたら、ロボ太くんは「えっ」と困惑したように小さく呟いて固まってしまった。あれ、まさかこれで終わりのつもりだったの? ロボ太くんと私は知り合ってまだ数ヶ月とはいえ、この程度の刺激で私が満足するわけないって事くらいは分かってほしいんだけど。


「…こ、これじゃ駄目?」

「全然だめ、こんなんじゃ刺激が足りないよ。まあロボ太くんだし、期待してなかったから別にいいけど」


「やっぱりこんなもんだよね」って笑いながらロボ太くんの横を通り過ぎようとしたら、急に肩を掴まれて壁に押し付けられた。おお? ちょっとびっくりしちゃった。今度こそ怒ったのかな。ロボ太くんが怒ったところで怖くもなんともないけどね。


「何してくれるの?」

「…目、瞑れよ」


ロボ太くんにそう命令されて私は素直に目を閉じる。少ししてロボ太くんの右手が私の頬に優しく添えられ、そして──私の唇に何か柔らかいものが重ねられた。それはほんの一瞬の事だったけれど、今のってもしかして…? ロボ太くんの「もう目開けてもいいぞ」という声で我に返り、私は目を開ける。ロボ太くんはロボットの被り物の位置を手で調整しているところだった。

私の唇に触れたあの感触は被り物なんかじゃなかった。私が目を瞑ってる時にロボ太くんは被り物を外して…キスを、してきたのだろうか。一応、今のが私のファーストキスだったんだけどな。いつだったかロボ太くんの被り物越しにキスしたのを除けば、の話だけど。私は指先で自分の唇をなぞり、ぼんやりとロボ太くんを見つめる。ロボ太くんはどこか気まずそうに私から視線を逸らした。


「お、お前があんな事言って煽ったのが悪いんだからな!? 僕はここまでするつもりなんてなかったけど、刺激が足りないとか言うから!」


焦ったように弁解を始めるロボ太くん。その内容は私の頭には全くと言っていいほど入ってこなかった。さっきから心臓の鼓動がうるさくて、顔がとても熱くて…こんなのは初めてかもしれない。もしかしたらロボ太くんがスマホを乗っ取って接触してきた時よりも衝撃的だったかも。私にとって初めてのキスだったから? それとも…相手がロボ太くんだったから? ああ、頭の中がごちゃごちゃして混乱する。この胸がキュッと締め付けられるような感情の正体は何なんだろう。苦しくて、切なくて…気付けば私の目からは涙がこぼれていた。ちょうどその時、こちらを向いたロボ太くんと目が合ってしまって、ロボ太くんは動揺したようにビクッと肩を震わせる。


「え"!? ちょっ、な、なな泣くなよ!? 泣くほど嫌だったのか!? それとも怖かったのか!? …わ、悪かったよ! 今のは僕が悪かったから! 謝るから泣くなって…!」


ロボ太くんはひどく狼狽しながら私の涙を指先で拭って、あやすように私の背中をトントンと軽く叩いてくれる。嫌なわけでも怖かったわけでもない。何で泣いているのか自分でもよく分からない。泣くつもりなんかなかったのに、自分の中の正体不明の感情が制御出来なくて勝手に涙が溢れてしまっただけだ。それを伝えようと口を開いても、出てくるのは言葉にもならない嗚咽だけだった。ああもう、もどかしい。今日のところは帰って頭を冷やした方が良さそうだ。


「か、帰る…っ」


しゃくりあげながらどうにかそれだけ伝え、私はロボ太くんを押し退けて部屋から飛び出す。「待って、優茉!」と後ろからロボ太くんの呼び止める声が聞こえたけれど、私は全速力で逃げるようにその場から走り去った。いくら初めてだったからって、たかがキスされたくらいでいきなり泣き出すとか情緒不安定過ぎるでしょ、私。今度ロボ太くんから呼び出されたらちゃんと謝らないとなぁ。

prev / next


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -