「綾瀬さんは歌わないんですか?」
いつものようにサバイバーのカウンターの隅で飲んでいると、ハン・ジュンギが期待を込めた眼差しをこちらに向けてそんな事を問いかけてきた。今、ちょうどほろ酔いの足立さんがカラオケで歌っているところだ。…何だ、もしかして次は俺に歌えと言ってるのか。俺は歌わないぞ。その目をやめろ。
「歌わない」
「え!?」
「それほど驚く事でもないだろ」
ハン・ジュンギは何故かショックを受けて「そんな…どうしてですか!?」と問い詰めてくる。…そこまで必死にならなくてもいいだろ。反応が大袈裟すぎないか。
「…誰もがお前らみたいに歌が上手いわけじゃないんだよ」
「例え下手でも笑いませんから何か歌ってください。ラブソングなんかいいんじゃないですか?」
「歌わないと言ってるんだが?」
「そんな事を言わないでください。綾瀬さんの為にこんなものも作ってみたんですよ」
そう言ってハン・ジュンギは何処からかうちわを取り出した。"綾瀬さんメロメロタイフーンして(ハートマーク)"と書かれた、アイドルのファンが持っていそうなうちわだ。何を作ってるんだ、馬鹿なのかお前は。
「綾瀬さんが歌っている最中はこれで盛り上げますから」
「余計に歌いたくなくなるな…」
「一人で歌うのが嫌ならデュエットにしましょう。綾瀬さんはどのラブソングがいいですか?」
「お前のラブソング推しはなんなんだ。それと俺は絶対に歌わないからな」
俺が歌わない宣言をすると、ハン・ジュンギはカウンターに突っ伏してしまう。落ち込んでしまったようだ。…こいつの事は放っておいて酒を飲むとしよう。
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