山姥切に縋り付いてみっともなく泣き喚いた後、オレはようやく正気に戻る事が出来た。そして今、オレは山姥切と二人で風呂に入っている。というのも、オレがゲロをぶちまけたせいで汚れてしまったからだ。ちなみに左文字はオレのゲロの被害を免れていた為、オレと山姥切の服を洗ってくれている。ゲロ塗れの服を洗わせて本当に申し訳ない…。
「あの、山姥切…本当にごめん。取り乱したりして…あと、汚しちゃって」
「気にしないでくれ。写しの俺は、少し汚れているくらいがお似合いだ…」
「いや…さすがにゲロで汚れるのは駄目だと思う…」
身体を洗い、二人で大浴場に入る。そんな時でも山姥切は頭にタオルを乗っけていた。そこまで顔を見られるのが嫌か。ぶれないな、お前…。
「それより…あんたはもう平気なのか」
「ああ、うん。平気」
「本当か…?」
「本当だって。泣いたらスッキリしたよ」
これは強がりとかじゃなくて本当。瞼が腫れるくらい泣き喚いたおかげで多少は吹っ切れたみたいだ。自分の記憶が消えていく恐怖が完全に無くなったわけじゃない…でも、オレには支えてくれる頼もしい二人がついてくれてるから。もう大丈夫だ。
「そうか。…もう一人で抱え込もうとしないでくれ」
「分かってる。頼りにしてるよ」
「…ああ」
オレが笑いかけると、山姥切は照れているのかそっぽを向いてしまった。かと思えば、オレの顔色を窺うようにちらちらとこちらに視線を向けてくる。
「どうした?」
「…俺は、あんたに謝らなければならない」
「え?」
「顕現された時、俺はあんたに酷い事を言ってしまった…。無理矢理連れてこられたあんたが何も知らないのは当然の事だった。それなのに…俺はあんたを責めるような事を言った」
「そのせいで、あんたは責任を感じて無理をしたんじゃないか…?」と山姥切は恐る恐る問いかけてくる。山姥切、そんな事を気にしてたのか…。これから主として仕える相手が何も知らなかったら不安に思うのも当然の事だし、気にしなくていいのに。
「違う。オレがああなったのには別の原因があるから…山姥切は何も悪くないよ、だから気にしないで」
「例えそうだとしても、だ。…すまなかった、主」
「い、いいってば! だからそんなに落ち込むなって…」
…って、あれ? そういえば、山姥切に無理矢理連れてこられたこと話したっけ…? 正気に戻ってからは左文字に"まずはお風呂に入って気持ちを落ち着かせて"と風呂場に押し込まれたし、話してないはずなんだけど。
「…なあ、どうしてオレが無理矢理連れてこられた事を知ってるんだ?」
「あ…その、すまない。…あんたがこんのすけと話しているところを偶然聞いてしまったんだ」
山姥切は申し訳なさそうに呟き、俯いた。あー…そっか、聞いてたのか。まあ、風呂から出たらちゃんと全部打ち明けるつもりだったからそれはいいんだけど。
「んー…山姥切には先に伝えるけど、オレがあんなに取り乱したのは現世での記憶が薄れていってるのが原因なんだ」
「…確か、家族に関する記憶が薄れているんだったか」
「家族に関してはもう完全に覚えてない。…今は、自分の名前さえ思い出せなくなった」
山姥切の目が大きく見開かれる。まさかそこまでオレの記憶が失われているとは思ってなかったんだろう、山姥切はかなり動揺しているようだ。
「オレはこの先どうなっちゃうんだろうって考えたら、どうしようもなく怖くなってさ。それであんなに取り乱したってわけだ」
「そう、か…。…あんたの存在を抹消する事は、歴史改変にはならないのか?」
「多分な。オレが居ようと居まいと、歴史には何の影響もないんだろ。…オレは現世に必要ない存在だったってわけだ」
薄々分かってはいた事だけど、改めて言葉にするとキツいな…。はあ…と、思わず深い溜め息を吐いてしまう。ああ、駄目だ駄目だ。悲しくなるからこれ以上考えるのはやめよう。
「…主」
「ん?」
「例え、あんたの世界で必要とされていなかったとしても…俺にはあんたが必要だ」
…今日の山姥切はよく喋るよな。まさか山姥切にそんな事を言われるとは思ってなかったよ。オレは山姥切が頭に乗せていたタオルを剥ぎ取り、山姥切の綺麗な金髪をわしゃわしゃと撫でてやった。
(なっ、何をするんだ…っ!)
(オレにもお前らが必要だよ。これからもよろしく頼むな)
(あ、ああ…)
(…それにしても、綺麗な金髪だな)
(き、綺麗だとか言うな…!)
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