死柄木弔

私の太ももに手を添えて、内股をつーっと舐めていく彼は鋭い視線をふとこちらに向けてニタリと笑った。その怪しい雰囲気ダダ漏れな笑顔に背筋がゾッとして、思わず目を強く瞑れば、私の足の間から身を乗り出してきた彼が瞼に口付ける。



「そんなに怖がるなって」



ほら深呼吸、と的を射てない発言をした彼は恐怖で涙がこぼれそうな私を安心させようとしているのか頬を何度も撫でてくる。意外と優しい手つきで撫でてくるものだから、何だか可笑しく思えて小さく笑えばこれまた優しく唇を重ねてきた。

確かに少しだけ力が抜けてしまったのかもしれない。けど、そうじゃない、そうじゃないんだ死柄木弔。あなたは敵連合のリーダー格で私は雄英高校ヒーロー科の生徒で。ヒーローを目指す私と死柄木弔は所謂敵対関係ってやつで。



「んんっ、…ちょ、っと!」
「ん、?なに」
「なにじゃなくて!やめてくださいっ」



何食わぬ顔で服の下に手を入れようとした彼の手を叩く。すると一気に不機嫌そうな顔になった。元から頬や唇が痩けていたりとか不気味な目付きをしているから、眉間にシワなんかを寄せると悪顔が更に目立っている。



「んで何?言いたいことでもあんの」
「そりゃあ勿論!私、まず雄英の生徒ですし、」
「知ってる、雄英に奇襲かけたときに見たし」
「敵対関係です!」
「愛があれば問題ない」
「え、意味が分からない」



私が死柄木弔の姿を見たのはUSJでの敵連合が仕掛けた奇襲騒ぎのときが初めてだし、そんでもって会話をしたという事実は今が初めてだ。愛があれば問題ないと彼は言ったが、まず私と死柄木弔の間を結ぶ愛のだの恋などといった感情は一切存在しない。ハズ。

死柄木弔が今からしようとしていることそして愛があれば問題ないという発言などの全てが理解出来なくて、とりあえず離してと声を荒上げようとすればその言葉全て彼に飲み込まれてしまった。後頭部に死柄木弔の大きな手が回ってきて、そのまんま少しだけ起こしていた身体をベッドに寝かせられる。なんだかヤバイぞ!!さすがに危機感を感じて彼の胸元を力一杯押してみるが、こんなに細い虚弱そうな腕をしていても一応は男性なようで、いとも簡単に背に広がる真っ白なシーツへと縫い付けられた。

ちゅ、ちゅと小さく鳴るリップ音が私の脳内を刺激する。



「ん、っ…死柄木、さん!キツイ、息がっ」
「んー、あ、可愛かったからつい」



ごめんな、と息を整わせる私の髪を撫でる彼の手は相変わらず柔らかい。一般の市民の方々に危害を加える悪役でもこんなに優しく人を撫でられるんだと思ったら何故かひどく安心できそうだ。それでも三日月型に歪む彼の目はまだまだ恐怖に満ちているようで、射貫くかのように絡められた視線に捕まってしまえば身体が硬直してしまう。



「よしよし、力抜け。大丈夫だから」



一体何が大丈夫なのか。この状況で力を抜けるワケがないし、髪を撫でる手付きは未だにひどく優しいのだけれど私を射貫くその目が、こわい。USJで死柄木弔を見たとき、顔自体は人間の手を模したマスクで覆っていたから表情こそ伺えないが、指の隙間から覗いた目はこんなに鋭かったっけ。彼に首を掴まれたときに彼の瞳を今ぐらいに至近距離で見たハズなのに。奇襲をしかけたときの彼のほうがもっと、



「なあ、もっと優しい目付きしてた気がする」



こんな流れで、
死柄木弔と私の感情がシンクロするとは。



「奇襲かけたときのほうが、もっと」
「死柄木さんだって、」
「…は?」
「死柄木さんだってUSJで見たときのほうが今よりも優しい目付き、して…ました」



今はすごく鋭い目してて、とても怖くて。と、途切れ途切れに訴えかける。死柄木弔は何を思ったのか目を少しだけ見開いたあとに、彼の額と私の額をコツンとぶつけた。彼の鋭い目が伏せられて、唇同士が軽く触れる。



「正直に言うと、一目惚れだった」



いきなりの告白すぎて耳を疑ったけれど、その言葉を、わたしは、案外待っていたのかもしれない。気がする。下校中に拐うとか、手荒な真似して悪いとキスされた。もう一度こちらに向けてくれた彼の目はもうギラついた眼光ではなくて。そうだ、その目だ。私の心はその目に奪い去られていったんだ。



「お前が怖がれば大人しくしてくれると思ってわざとだよ。怖がってくれて有り難かったんだけど、まあ、以外と傷つくなアレ。怖がるなとか言っちゃった」



困ったように眉間にシワを寄せる死柄木弔。そんな彼の頬に手のひらを当てると、彼は小さく笑った。そんな爽やかな笑顔きっと初めて見た。

首を掴まれたあとにあなたがぶっきらぼうに呟いた“シガラキトムラ”という呟きも、後で先生に聞いてみたらその呟きは彼の名前らしくて“死柄木弔”という字を書くことも、気だるそうに曲がった背骨も、相澤先生の肘をボロボロに崩したその個性も、平和の象徴オールマイトを社会のごみと言ってのけたことも全部覚えてる。

そんな哀愁漂わせる彼の姿を忘れたくなくていつも瞼の裏に思い浮かべていたんだ。私ばっかり、と思っていたが案外そうでもなかったのかな。



「死柄木さん、私も実は」
「なまえ」



私もあなたと同じ言葉を言いたかったのに、その言葉全て死柄木さんによって飲み込まれてしまったようだ。

彼か言うには、私たちが所謂敵対関係にあったとしても愛があれば問題ないらしい。

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