爆豪勝己

こんなに胸が締め付けられたのは、いつぶりだろうか。苦しすぎて苦しすぎて俺は、この世界に疑問を抱きたくなる。何故世界はこんなにも広いんですか?


「お前マジで海外行くのなー!」
「ええー、信じてなかったのかな?」


目の前ではすぐに、3年間共に過ごした奴らが別れの言葉を交わしていた。今日は雄英高校卒業式。3年間世間を騒がせてきたヒーロー科A組もついに卒業なのかと思うと、これからの自分のヒーロー活動に期待と希望、野望を抱える一方で少しだけ、ほんの少しだけ寂しくなる気持ちがあるのだ。明日からこの教室に来ることはねえんだなとかそこらへんは全然いいのだが。


「お前がいないとなると寂しくなるな」
「私がいなくても変わんないくせに嘘つけー」
「ほんとだよー!寂しくなるねなまえ」


数人が集まってワラワラワラワラ、その中心にいるのはA組のみょうじなまえ。制服の左胸に小さな造花をつけて、大きめの目には涙が溜まっていた。彼女は、この雄英高校を卒業した明日には、


「それにしてもなまえが海外留学かあ...」


海外に、行ってしまうらしいのだ。
その予定はずっと前から決まっていたらしい、けど泣きそうになるからなかなか言えなかったと。なまえがそうにA組のみんなに告白したのは、卒業式から数日前のことだった。担任はやはり知っていたらしい。確かにクラスの奴らも、なまえが進学先、就職先を口に出さないのも前々から疑問に思っていたことだ。海外への留学というのはおまけで、実のところは両親が海外へ転勤するから付いて行くことになったらしい。日本で1人は心許ないと、普通に日本で生活していたら知りえないようなことを海外で見つけて知っていきたい、と本人は何だか寂しいそうに話していた。

別にあいつと俺は付き合ってるわけではねえけど、俺はここでやっと、あいつへの恋心を確信した。いや詳しく言えば、アイツがA組の皆に向けて海外へ行くことを告白した日の夜、よーく考えて寂しくなっている自分に気付いて、そのままあいつのことが好きなんだと気付いてしまったのだ。なんだか悔しい。

アイツは俺に、好きだと言ってくれていたのに、俺はまだまだ全然自分の気持ちさえも理解していなかったのだ。愚かだなあ。


「オイ!」


みょうじの方へ足を進ませながら声を荒上げると、何故だかみょうじと俺を結ぶ一直線が開く。そうだ、モブはモブらしくすっこんでろ。ああめんどくせえ。この気持ちも、寂しさも、アイツが海を渡って遠い地へ行ってしまうのも、ほんっとにめんどくせえなあ。なんで俺がこんな1人の女のために胸を締め付けられなくちゃいけねえんだよ。クソナードって言ってやりてえとこだけど、でも俺の中でのみょうじはしっかりと、俺の真ん中にいた。

みょうじの前に立って、潤んだ瞳を見つめる。


「てめぇな、海外行くんならもっと早く言えよ」
「ご、ごめんなさい」
「親がいねえから心許ないだ?あ?ふざけてんのか」
「え、なんでそんな手厳しいの...」
「俺だって春からひとりになんだよ同棲なりなんなりすれば心許なくなかったろ」
「え?」
「お前ならいい就職先もあっただろそれで2人で生計立てればいんだろふざけてんのか」


みょうじが口を開けて俺を見ていた。周りからも、まじ?とかえ?とか聞こえてきたので、うるせえよ黙れと一蹴する。肩に掛けていたスクールバックの中から、昨日買ってきた花束をみょうじの前へと差し出した。


「え、な、なに」
「卒業祝ってやるよおめでとう。俺もてめぇが好きなんだよ分かれ。海外留学とか聞いてねえけど、お前がそっち行くんなら俺はここでお前の帰るところ作って待っててやるよ」
「ば、爆豪...」


ひっく、と泣き声をあげそうになる前に片手で頬を流れる涙を拭いながらもう片手で俺からの花束を受け取る。カーネーション、マーガレット、カスミソウの中に紛れる1本のバラは俺の中でも印象に残っている。みょうじのために、意味を調べて柄にもなく必死に選んだ花束をみょうじは喜んで受け取ってくれたのだろうか。

肝心のみょうじはボロボロと涙が止まらない様子で、嗚咽しそうな勢いだ。あいつの制服の裾で目をゴシゴシ擦っていたので、しょうがなく俺の制服の裾で優しく擦ってやった。目が腫れんだろ気を付けろよ、なんて思いながら。


「爆豪っ、す、すきっ!」
「んなん分かってるわ」
「好きになってよかったああ」
「はいはい」
「なんでこんなギリギリになって、好きって言ってくれるの!なんで?!なんで土壇場なのなんでなんで」
「うるせえ気持ちに気付けただけありがてえと思え」


大きく肩を揺らすみょうじの背中をさする流れでそのまま抱きしめた。始めて抱いた女子の体は思ったより小さくて、男が守ってやらなきゃなのだと実感した。ああ、苦しいなみょうじ。明日から離れ離れだな。お前からはもしかしたら俺が平気そうに見えてるのかもしんねえけど、俺だって苦しいんだよ。それでも好きなのだと思って、お前に気持ちを告白したのだから受け取ってくれそしてまた俺の元に帰ってきて欲しい。世界の広さがすっげえ憎たらしいけど、仕方のないことは仕方ない。離れ離れ嫌だとか、爆豪はつらくないのとか、なんで爆豪は泣かないのとか色々ほざいてやがるけど、俺はまだまだお前のためには泣いてやんねえよ。俺の泣き顔見たかったら数年後帰ってきたときに、俺のこと好きって言ってみせろブスが。

もどる