「わあああああ！」


頭の上にリュックを被せて、とりあえずどこか雨宿りできそうな建物の軒下を目指して走る。いきなりどばとばと降り始めたので髪も制服も濡れてしまった。イライラするからその気持ちも振り払うように奇声も上げてみる。雨だ。突然の雨だった。朝の天気予報のお姉さんは降水確率は10%と言っていたのにものすごい降りようだ最悪。100%あるうちの10%に当たるとかすごく運が悪い。


「もー...寒いし、」


もあっとした雨独特の空気と匂いと、微かな寒気。雨に打たれてるし、走ってるから露出した肌を風がかすめていくしでどんどん体温が低くなってる気がする。さっきから街行く人々は全身ずぶ濡れで走る私を一瞥してからすれ違っていって、みんな意外と傘を持っていることにびっくりだ。1人くらいこんな健気に走る女子高生に傘を貸してくれてもいいのに...。なんてことを健気でもないくせに考えるあたり、もう雨に打たれすぎて思考が停止しているのかもしれない。ぱしゃり、ぱしゃりと足を下ろすたびに水が跳ねる。

あーもう、靴の中もびっしょりだ。さいあく。

しかも雨宿りできそうなところなんて全然ないし、なんなら今しがた目の前の信号が赤に変わったところだ。本当についてない。どうせ走ったって信号で待つことには変わりはないのだから歩くことにした。額にぺったりと張り付く濡れた前髪を掻き分けて空を仰ぐけど、一面厚い灰色に覆われていて何も見えない。晴れ間が恋しい。肩から力が抜けていくのを感じて、つま先を見つめた。こんな天気の悪い日は、比例するように気持ちもどんどん下がっていくなあ。信号待ち、足元に溜まった水溜りの上で小さく足踏みをして遊ぶ。


「なにやってんだよ」


ぶっきらぼうな声と同時に、私の隣に足が1つ増えて、肩に勢いよく当たられて、頭を打っていた滴が止んだ。あれ。足を止めて、声のした方向へ顔を向けるとそこには見知ったクラスメイトの顔。


「...爆豪くんだ」


爆豪くんだった。爆豪くんが傘を片手に私の隣に立っている。傘の半分に私をいれてくれてるらしい。優しいな。でも何故、何故降水確率10%だったのに爆豪くんは傘を持っているの。いかにも"雨の方が俺を避けろ"とでも言いそうな彼なのに。


「びちょ濡れじゃねぇかよ」
「...傘持ってこなかったの」
「風邪引くぞ」
「別にいいもん」


風邪引いたらお天気お姉さんのせいだし。
そう口を尖らすけど、私の言葉に対して「意味わかんねえ」と一蹴した爆豪くんは無造作に鞄の中から白いフェイスタオルを取り出して私の頭に掛ける。ふわりと柔軟剤の匂いが鼻をかすめて、少しだけ憂鬱だった気持ちが和らいだ。タオル？タオルだ。どういうことだろ。これで頭を守れとか？タオルをかぶせた意図が知りたくて、彼の顔をチラリと伺う。


「...早く髪拭け」
「借りていいの？」
「だめだったらかぶせてねェから」
「タオル濡れちゃうよ」
「そのために貸したんだろ」
「爆豪くんの分は？」
「俺は濡れてねーよ」
「でも、」
「ウダウダうっせーな早く拭け！」


頭を拭いていいタオルだったらしい。爆豪くんのタオルを心配する私と、何故か髪の毛を拭いたほうがいいと促す彼の考えが一致しないので痺れを切らしたらしい爆豪くんが怒鳴る。一方怒鳴られた私は、彼のとても吊り上げられた目を見たら逆らえなくて大人しく髪を拭くことにした。タオル、有り難く借りさせていただきます。根元から毛先へと水気を絞っていく。


「洗って返すねありがとう」


横髪、後ろ髪、前髪、一通り拭き終わったあと、畳んで鞄の中にタオルをしまった。その間も爆豪くんは隣に立って私を傘の中に入れてくれていて、こんなに彼が優男だとは知らなかった。いや、ここで恩を売っておいて後で奉公させる気なのかもしれないけど。爆豪くん相手ならありえなくもない。けど、とりあえず親切をしてもらっているので素直に感謝の気持ちを述べる。すると彼は、私の腕や首に手を当てて少し考える素振りをしたあとに小さく「おう」と呟いた。そして、傘の柄を右手、左手と持ち替えながら器用に制服のジャケットを脱いでいく。


「お前体冷えてんぞ、着ろ」


ぐい、と半ばムリヤリ手に持たされたのは脱ぎたての爆豪くんのジャケット。まだ体温が残っていて暖かい。爆豪くんは私の体を心配してジャケットを脱いでくれたのだろうか。でもそしたら爆豪くんが寒くなってしまうじゃないか。優しさは有難いが、爆豪くんに風邪をひかれてもらってはこちらがいたたまれなくなってしまう。大丈夫だよ、と言ってジャケットを返そうとするけどその度にガンを飛ばされるから返すことも出来ない。どうすればいいのだろうか。確かに雨が冷えてとても寒くなってきたし、私のジャケットは学校の椅子の背凭れに掛けたまま忘れてきてしまった。ここは優しさに甘えさせてもらおう。彼の大きなジャケットの袖に手を通す。


「爆豪くんは寒くないの？」
「少し肌さみーぐれェ」
「ごめん、脱ぐ！」
「ぶっ殺すぞ」
「ごめんなさい」


彼から借りたジャケットを脱ごうとしただけでぶっ殺されそうになった。やっぱり爆豪くんてば怖い。歩いていて彼の肩の端が濡れていることに気付いたので、私が傘を持って彼寄りに傾けようとしたら舌打ちされたからやはり怖い。けど、今回のその行動は優しさの裏返しらしい。私の中の爆豪くんのイメージが覆されつつある。


「爆豪くんて意外と優しいんだね...」


なんて褒め言葉を隣を歩く彼に飛ばしてみれば、静かに"死ね"と言われた。そういうところは優しくない。こんな雨に打たれていた私を助けてくれて、尚且傘の中にも入れてくれて、今私が「じゃあ私の家ここ曲がったとこだから！ありがとね」って言ったら強引に私の手に傘を持たせて1人走り去ってくし、彼の根は意外と優しくできているのかもしれない。徐々に小さくなっていく彼のシャツは雨のせいでどんどん色付いていって、背中にぴったりとシャツが張り付いていくのだった。

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