轟焦凍

草木も眠る丑三つ時、夜が一番深まる時間。
この時間が好きだとなまえは言った。

俺と彼女だけのこの部屋で、思いを馳せる相手は隣にいて、手を伸ばせば握ってくれて、幸せだ俺は。握られた手の指と指と絡ませ合って、彼女はふんわりと笑う。


「どうしたの?寝れない?」
「ちょっとな」
「羊でも数えてあげよっか」
「頼む」
「ごめんなさい冗談です」


寝たのかと思って手を伸ばしたのだが、予想が外れたようだ。1つ冗談を言って、私も寝れないんだと俺の胸に頭を寄せてくる。可愛い。そんな彼女が可愛いから、つい速くなってしまった鼓動の音は彼女に伝わってしまっているだろうか。でも空いている手を俺の左胸に当てているから、もしかしたらなまえの方から俺の鼓動の音を聞きにきているのかもしれない。同じシャンプーを使ったハズなのに、なまえからは甘い香りが漂ってくる。


「今日の星空見た?」
「いや見てねえ」
「すっごくキレイだったんだよ、今、眠れないんなら見てくれば?」
「お前は行かねえのか?」
「うん。だって寒い」
「ならいい。さみーし」


意見が一致したね、なんて笑うから、俺もつられて笑ってしまう。何が面白いかなんて分からないけれど、なまえが笑っているときは俺も笑ってたいから。どうせならキレイな星空も彼女と共有したいけど、なまえがここから出ないというのならば俺も出ない。離れたくないし。彼女の存在を確かめるように手を強く握ると、応えるように強く握り返してくれるから心がほっこりする。


「あのね、焦凍が傍にいてくれると安心する」


それはこっちのセリフだ。
なまえが傍にいてくれると、日々の疲れも苛立ちも全て洗われるような、沈みかかってた気持ちを持ち上げてくれるような。隣にいてくれるだけで、胸が膨れるような心地よさを感じられる。本人は気付いていないんだろうな。



「こうやってさ、お泊まりするときいつも焦凍の鼓動の音聞いてて...」



ぽつり、ぽつりと呟き始めた彼女の言葉に、今まで彼女が泊まりに来たときのこと、俺が泊まりに行ったときのことを思い出す。確かに記憶の中のなまえは俺の胸に寄り添ってはいたけど、それは寒いからとかそんな簡単な理由かと思ってた。けど、さっき俺がふと思ったことが当たっていたなんて。



「速い鼓動も、ゆっくりめの鼓動も全部安心する。今日の焦凍の鼓動はちょっと速いね」



たしかになまえは俺の鼓動を聞いていた。さっき、つい速くなってしまった鼓動に彼女は気付いていたんだ。ちょっと恥ずい。そんなこともあって、俺の心臓はさっきよりもドキドキいってしまっていて、平常心を保つためにまず顔から作る。平常心、すまし顔。



「丑三つ時ってなんか、ぴったり音が止んだってくらいに静かでしょ?なんか、世界の流れが止まったみたいな。だから、余計大きく焦凍の鼓動が伝わってくる気がしてるんだよね」



だから、好き。他に何の雑音もなく、息を吐くように放った言葉がキレイに俺の耳へと届いてきた。なるほど、こういうことか。今、俺になまえの声だけが聞こえてきたように、周りがこれだけ静かだとなまえには俺の鼓動しか聞こえてこないみたいな。



「...俺も好き」



お前の声だけが聞こえるこの時間が。そこまで口に出さなくてもなまえなら分かってくれる気がして、まだ俺の左胸に耳を傾けているなまえの背中に手を回して引き寄せる。いきなりのことで驚いたのか、顔を上げた彼女は、数秒間視線を絡めて何も言わずに笑った。



「...眠くねぇの?」
「眠いよ。でももうちょっとだけこの音を聞いてたいから」



それは俺の鼓動だろうか。俺の胸元を頭でグリグリと押してくるものだから彼女の表情は伺えない。けどうまくろれつが回ってないから本当に眠そうだ。

きっとわたし、焦凍の鼓動に依存してるんだと思う。だって手を当てるだけでこんなに安心できるんだもん。

ゆったりとそう呟いた彼女が隣にいてくれるだけでもこんなに安心してしまうのだから、俺はきっとなまえ自身に依存しているのだと思う。

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