爆豪勝己

あざとい。あざとすぎる。
本人は気付いてやっているのだろうか。気付いているとしたらとんだ計算高い女だ。でも、俺が知っている彼女は元の性格が女の中の女って感じで素で男をドキドキさせてくる奴だから、計算という可能性は低いんだと思う。

手を組んで「お願いします」と上目遣いで悲願されたら、断れるワケがない。そんな彼女からされたお願いは“近所の美味しいカフェがカップル応援フェアをやっててカップルで来店すると二割引になるから一緒に来て欲しい!”らしい。落ち着いたシックなカフェだ。こいつん家に向かうときに何回も前を通ったことがある。


「かっちゃんありがとね、一緒に来てくれて」
「まあ、暇だったしな」
「結構心地いいからさ、眠くなっちゃうね」
「おう」


休日の昼過ぎ。カフェの扉を開けたらチリンチリンと細く鈴の音が鳴って、店員に席へと案内される。この時間帯だとやっぱ人が多くなるな。飯食った後お茶しながらゆっくりしたいって奴らが多いんだろうか。でもやはり“カップル応援フェア!”なだけあって男女の組みが多い気がする。

俺から見やすいようにメニュー表を広げる彼女は、「ここはシフォンケーキが美味しいんだよ!」とか何とか言いながら笑うから、可愛い。


「かっちゃん、どれ飲む?あ、食べる?」
「あー...とりあえずエスプレッソ」
「んーじゃあ私は...キャラメルラテ!」


注文してくる!と言って席を立ったなまえはカウンターへと向かっていく。いつもは「どうしよ...こっちもいいけどこれも飲みたい!んー...!」と長々と悩むクセに今回はすっぱりと決まった。そんなにキャラメルラテが飲みたい気分だったのか。でもまあ、カップルで来たら割引なんて旅行会社や携帯会社みたいな人の集め方をしやがる。この感じだときっと個人経営のカフェだろうし、二割も引いてやっていけるのだろうか。テーブルに頬杖をついて店内を1周ぐるりと見渡したところで、なまえが戻ってきたので顔を彼女の方へと向ける。こんな改まって向かい合って座って、何を喋っていいか分からなくなるな。何の話題で...てかまず話題が見つかんねえ!デクのことでも話そうか、いや、なんかムカつくな。なまえが仲のいい女子の話題とか?誰だよそいつ知らねーよ。どうする!1人でそうこうしている内に、テーブルの上に置かれたなまえの携帯が短く振動して、画面に新着メッセージが1件と表情される。LINEだ。


「あ、ちょっと返信するね」


なんて律儀に言ってから携帯をいじるところもなまえらしい。肩下まで伸びた髪を耳にかけて、そんな仕草一つ一つにも心がときめいている気がする。俺の心が。


「......ふ、ふふっ」
「ンだよ気持ち悪ぃな」
「だってさだってさ、お茶子から今日暇?ってきたからかっちゃんとデートって返信してん」


なんか照れるよね。そうなまえがはにかむ。本当に可愛くて、あざとくて、凄くあざとくて、鼓動が速くなっていくのが分かる。こいつ俺を殺しにかかってきているのかもしれない。自分の頬が上気していくのも分かって、慌ててメニュー表を見るふりをして顔を隠した。表ではデクや半分野郎に敵対心を抱いたり馬鹿にしたりしているくせに、この女1人を相手にする時には裏でこいつの言葉に一喜一憂したり、ドキドキしたり、らしくないっつーかキャラじゃないことは自覚している。が、惚れたもんは仕方がない。

メニュー表の向こう側から「かっちゃん何か食べるの?」という声が聞こえてきて、淡い世界から意識を引き戻された。


「あ、マフィンも美味しいんだよ!」
「おう。...辛えもんとかねーの?」
「たしかチリドッグがあったハズ」
「あー、あったわ」


甘ったるいものはあまり好まない。辛いものなら好きだ。今日の昼飯はなまえんちで食べてきたのに、緊張で何故か腹が減ってくる不思議。チリドッグ、となまえに言ってメニュー表を渡したところでエスプレッソとキャラメルラテが運ばれてきた。店員がお待たせいたしましてすみません、とラテと一緒にちょっとした菓子もつけてくれて、なまえはその菓子を食べながらどれにしようかと悩んでいる。


「シフォンケーキ...バニラ、いや!チョコ...」
「この前は何食べたんだよ」
「バニラ!」
「じゃあチョコでいいんじゃねーの」
「んー...じゃあチョコにする!」


また注文するために再度席を立つなまえの背中は本当に華奢だ。スカートから覗く白脚なんて丁度いい具合に細い。歩く度に揺れる髪なんかを見つめて、注文をし終えたのか身体をこちら側に向けようとしていたので俺も顔を違う方へと向けた。咄嗟に取り澄ましたような表現をつくって、マグカップを手に持ちエスプレッソを啜る。


「おいしい?」
「美味い」
「よかった」


一々イスを出し入れしていったなまえは、静かにイスを引いて腰を落とした。安心したように肩をくすめて笑う彼女もキャラメルラテを啜る。長い睫毛が伏せられて、辺りにふんわりと甘い香りが立ち込めた。


「わー美味しい!落ち着くね、かっちゃん」
「そうだな」
「あ、キャラメルラテ飲んでみる?」
「いや、いい」


えー、美味しいのに。そう言ってほんの少し頬を膨らませるけど、すぐにハッと何かに気付いたように一瞬だけ目を見開いて俺を見た。今日のなまえはコロコロ表情が変わるな。なんだよ、と彼女に投げかけると、耳打ちの合図か口の横に手を添えてぱくぱくしているので耳を寄せる。


「私たち本当のカップルじゃないじゃん」


ああ、言われてから思い出した。そうだ、俺達は二割引をしてもらうためにカップルに扮しているんだ。突き付けられる現実はつらい。内心クソへこみながらもなまえの次の言葉を待つ。


「だからさ」
「おう」
「次はさ、」
「ん」

「本物のカップルで入店しようね」


は?今なんて?いや、まあ確実に聞こえたんだけど聞き返したかった。でもなまえは何食わぬ顔で元の体勢に戻っているし、は?という俺の唖然としたような呟きも無視だ。でも確かに今俺は告白紛いのことをされた。気がする。

カタカタとマグカップを持つ手が震えて、エスプレッソが溢れそうになる。あぶねえ、あぶねえ。零すところだった。静かに深呼吸をして、一旦マグカップを皿の上へと戻す。


「もーかっちゃん零したら汚れるかんね」


そんな俺を見兼ねてか、心配そうに言ったなまえのマグカップの皿を持つ手はカチャカチャと震えていた。

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