通り雨が降った後の空は、澄んでいて綺麗だ。

見上げた空にケータイを突き上げて、あたしはシャッターボタンを押した。



かしゃり。

空間が切り取られる音がする。

数秒の後、ディスプレイには四角い空が映し出された。







「また撮ってるのか」







数歩先を歩く佐伯くんが呆れたように言う。あたしは小走りで駆け寄って、むかつく表情を浮かべる彼を下から睨み上げた。









「だって好きなんだもん」

「可愛くない」

「うるさい。」







言いながら肘鉄を食らわせる。うお、なんて大袈裟に驚いてみせる佐伯くんは何だかんだ言って付き合いがいいことを、あたしは随分前から知っていた。



彼はあたしが撮っていた空を見上げる。何か特別な物を期待したみたいだけど、生憎頭上に広がるのは何の変哲もない大空だ。

どうやら期待外れだったようで、佐伯くんはその形のいい眉を奇妙な形に歪めた。





「別に、普通の空じゃんか」

「綺麗じゃん」

「そりゃあ綺麗だけど。……おまえ、なんかしょっちゅう撮ってる気がする」

「そりゃしょっちゅう撮ってるもん」

「空を?」

「空を。」

「飽きないわけ?」

「ふっふっふ……飽きるとかじゃないんだよ佐伯クン」

「うわ、なんか超むかつく」







言葉とともに降ってきた手刀は、あえて避けないでいてあげた。痛いな、と文句を言ってやる。何が楽しいのか分からないけれど、この歪んだ男は大抵それで満足するのだった。











夏の狐の嫁入りと違って、この時期の通り雨は降った後も色濃くその気配を残す。



湿り気を帯びた空気を肺いっぱいに吸い込んで、あたしはアスファルトに残った水溜まりを飛び越えた。



見上げた空には羊雲の団体さんと、まるで取り残さたかのような浮雲がひとつ。

そしてその雲からほんの少し離れたところにもうひとつ、マシュマロのような雲が浮かんでいた。



それが何だか人込みを避けて帰るあたし達に重なって、あたしは苦笑してシャッターを切る。



かしゃり。



初期設定のままの可愛げないシャッター音が、あたしと佐伯くんの間に響き渡った。

その時自分のこれまた可愛げのない色のケータイが目に入って、今度はもっと女の子らしい色にしようかななんて漠然と考える。ピンクとかオレンジとか、世のオシャレな女の子達はケータイまでオシャレだ。































「あたし、空って好きなんだ」

「ふぅん」







だから何?とか、で?とか。



そういう言葉が続きそうな声音で相槌を打つ佐伯くんだったけど、その後には何も言わない。素直じゃない言葉と態度で話を聞いてくれるのはいつものことだった。



だからあたしも勝手に喋るし、佐伯くんも佐伯くんで喋りたいことがあれば勝手に喋る。



ドライなようでいて、きっと誰より近い関係。

それが心地よくて、あたしはもう何年も踏み込んでいない。踏み込ませていない。









「いつも違う色で、見てて飽きないし」

「ああ、それはそうかもな」

「確か佐伯くんが海を好きな理由も似たようなもんだったよね」

「バカ、一緒にすんな」

「いいじゃん」

「ダメ。俺のはそんな浅い理由じゃない。」

「あたしの理由だって浅くないってば!」

「へーえ?」







佐伯くんはあたしに歩幅を合わせるようなキャラじゃない。

コンパスの違いを少しでも埋めようとするとどうしても少し早歩きになってしまうあたしは、小走りのその勢いのままで背中に正拳突きを食らわせてやった。さっきの仕返しのつもりだ。









「じゃあ他にどんな理由があるっていうんだよ」

「え」

「言えないって?どうして?」









釣り上がった口元。あ、やばい。あたしは悟った。

……我らが学園のアイドルに、どうやらドSが降臨してしまったらしい。







「いやいやあの別に言えないわけじゃないんだけど」

「じゃあ他に理由がないにも関わらず大口を叩いた、とかか?」

「違うってば!あるよちゃんと!」

「だからそれは何なんだって聞いてんの」









三日月型に歪んだ、彼の好きなガラス玉のような瞳が笑う。このヤロウ、無駄にいい顔しやがって。いじめられてるっていうのにドキドキするじゃないかチクショウ。







「だっ、だから、」

「だから?」

「〜〜〜〜〜っ意地悪!」

「ハハ。何とでも言うがいい」





ニヤニヤ。

至極愉しそうに笑う佐伯くんは、シニカルというより本当にサディストにしか見えなかった。

今度ネズミ王国に行ったら、お土産は某不思議の国の紫色の猫グッズにしよう。そうしよう。

















「……本当に言えないのか?」













あたしをいじめることにもう満足したのか、彼は幾分か不思議そうに尋ねた。

そりゃそうだ。慢っているわけでなくあたしは今彼の親友という立場に限りなく近いところにいる。

つまり他の人に比べて佐伯くんには何でもかんでも話すようにしてきたわけで、彼の方もあたしには結構色々話してくれていたわけで、今更恥ずかしいとかそういう仲じゃないもの。



でも言えない。

いや。言えない、じゃなくて言いたくない、だ。

あたしがこれを言ってしまうことは、きっとこれまで築いてきた佐伯くんとの関係を打ち壊してしまうこととイコールだから。













だから、あたしは小さな声で呟いた。











「……好きなんだもん」









そう。好きなんだもん。

何が、とは言えないし言わないけれど。















「なんだ。結局ないんじゃん、理由。」





ほれ見ろなんて言ってまた笑みを口元にのせた彼を見ながら、あたしは唇を尖らせた。

変な顔だと言って喜ぶ佐伯くんを横目で睨み付けると、すかさず唇を摘まれる。摘める程にまで尖らせていたのか、それはさぞ変な顔だっただろうと若干恥ずかしくなりながら、あたしは佐伯くんを見上げた。………あ。



































「ねぇ」

















どうやら空の上は気流が早かったり遅かったりと定まっていないらしい。

先程見上げたふたつの浮雲が近づいて、まるで寄り添うように流れていた。







「ん?」

「写真撮ってもいい?」

「は?」

















































かしゃり。



























































「あっ、こらおまえ!」

「えへへへへへへ」

「ケータイ貸せって!」

「嫌、絶対嫌!!」

















ねぇ、実はもうひとつ理由があったりするんだ。



佐伯くんが海だとしたら、あたしが空で。

それで、ふたりだけで世界が作れたりななんて詩的なこと思っちゃったら、恥ずかしくて言えないでしょ。









「貸せってば!」

「やん」

「っっっなんって声出してんだよおまえは!!」

「あはははははは」

「貸せ!」

「やーだよー」







追い掛けてくる佐伯くんから逃げて、あたしのローファーが空の写った水溜まりを飛び越えた。

手の中の可愛くない色のケータイに切り取られているのは、珍しく可愛い笑顔を浮かべた佐伯くん。





















自分だけのものにできたらいいのになんて考えて、あたしはパタンと音を立ててケータイを閉じた。




















Dear Friend






















一緒にカラオケ行っている時に
「そういや改装お疲れーそうだ何か書くよ」「え、マジ?嬉しい」
みたいな会話をしてちょっとウキウキしていたらカラオケ出た時に「出来た」とか言われてリアルに絶句した。
何はともあれ素敵佐伯文ありがとうございますー!何こいつら可愛い!
このなんとも言えないじれったい関係がドツボ過ぎて最初読んだ時にのた打ち回りました。
もう本当ありがとうございます。ご馳走様でした。←