雑踏に紛れて、微かな音が耳に届いた。足を止めずにポケットから携帯を取り出すと、無機質な着信音と点滅するディスプレイが着信を告げてくる。そこに表示された名前を確認して、少しだけ驚いた。
迷わず携帯を開いて、通話ボタンを押す。
「もしもし?」
『オッス、オレ』
機械を通して歪んだ、それでも間違いようにない声。
思わず頬が弛みそうになったけど、道でいきなりニヤついたらただの変人になってしまう。表情筋を抑えながら、普通を装って声に応えた。
「俺って名乗り方はないでしょ。あ、もしかしてオレオレ詐欺の方?」
『違ぇよ馬鹿!』
「ごめん冗談。おーっす、ハリー」
ったくよー、とか何やら呟いている声に混じって、人のざわめきみたいな雑音も聞こえてくる。ハリーもどこかに出かけているんだろうか。
『まあ良いけどよ。お前、今何やってんの?』
「今?えーっと……適当に散歩中」
『休みに1人でか?寂しいヤツ』
「ほっといて。そっちは?どっか出かけてるの?」
『まあな。ショップに良い感じのシルバーアクセが入ったって聞いたからよ』
「1人でか?寂しいヤツ」
『うるせぇな!つーか似てねぇよ!』
「はーいすいませーん」
軽口を叩いていると、前方の信号が青く点滅し始めた。渡るのは諦め、大人しく道端に立ち止まる。
「で、良いの見つかった?」
『バッチリだ。次のライブ、楽しみにしとけ?』
「了解。じゃあ、私の分のチケット予約ってことでよろしく」
『言われなくても、お前の分は用意しといてやるよ』
偉そうに(つまりいつも通りに)ハリーが言った。特別扱いみたいな言い方が少し嬉しくて、心の中で単純な私ががっつポーズをする。まあここしばらくのライブは全部行っているし、次だって勿論行くだ。ハリーも分かっているんだろう。でもやっぱり嬉しい。
「さんきゅ。あ、ほら、冬っぽい曲作ってるって言ってたじゃん。それも超楽しみ」
『ああ、アレな。そろそろ完成しそうだし、なんだったら今度聞いてみるか?』
「え、良いの!?」
思わず声が大きくなって、隣に立っていたおばさんが怪訝そうに私を見た。(うわこれじゃただの不審者じゃん!)慌てて声のトーンを落とす。
「超楽しみ。是非お願いします」
『しょうがねぇな、ありがたく思えよ?』
得意げにハリーが言うのと同時に、信号が青に変わって周りの人達が歩き始めた。私も流れに逆らわずに、そのまま横断歩道を渡る。
「さっすがハリー様。あ、そういえばそのハリー様は何で電話してきたの?なんか雑談になってるけど」
『ん?あ、いや、それは……』
「……歯切れ悪いけど、どうしたの?」
私もそろそろ目的地に着きそうだから、何か用があるなら早めに聞いておきたいんだけど。(ああ、でも急いでるんじゃないし別に良いか)言いたくないなら大丈夫と付け足そうとしたら、その前にハリーが口を開いた。
『……別に、大した用はねぇよ。ただ、』
「ただ?」
電話の向こうでハリーが黙り込む。どうしたんだろう。続きの言葉を待ちながら、街路樹の傍でなんとなく足を止める。石畳の歩道者天国、立ち並ぶ様々なショップ。公園通りなんて久々に来た。
とりあえず電話が終わるまではここにいようと思い、なんとなく周囲に視線を向ける。
(――あれ?)
あそこにいるの、って。
『お前が何してんのかって、ちょっと、気になって』
言い難そうに、少しだけ尖った声と。
見慣れた後姿が視界に入ったのは、ほぼ同時だった。
『……別に電話した理由なんてどうでも良いだろ!?オレ様が電話したかったからした、それで充分だ!』
ワックスで整えたんだろう髪を掻きながら、携帯電話を耳に当てた彼が何かを言うのが見える。
その仕草に一拍遅れて、照れたような声が耳に届いてきた。
私のことには、まだ気付いてないみたいで。
「……あははっ」
『な、何だよお前!ケンカ売ってんのかよ!?』
「売ってないよ。ちょっと、嬉しいだけ」
ありがと。
電話越しに伝えると、居心地悪そうにうるせぇ、と呟かれた。どんな表情でそう言ったのか、ここから見ることは出来ない。
「ねー、ハリー」
『……何だよ。まだ何かあんのか?』
(本当は、散歩っていうのは嘘なんだよ)
そう言ってしまいたくなったけど、なんとか堪えた。だって、一ヶ月も前なのに待ちきれなくてハリーの誕生日にあげるプレゼントを選びに来ましたとか、そんなこと言ったら笑われそうだから。
――でも、本当に。
ハリーが今何しているのかとか、何を考えているのかとか、気にしていたのは私の方もなんだよ。
「あのさ、十秒だけ目を閉じて」
絶対にそんなこと、言ってやらないけど。
すぐ君の傍に
(目を開けたときのハリーの顔を想像して、私は小さく笑った)
相互して頂いた8×3honeyさんへ、相互感謝の想いを込めて。
麻鈴のみお持ち帰り可です。文字色とかは適当に変えちゃってくださいな。
初書きハリーでごめんね…!