今夜世界の隅っこで



みんな死んでしまえと思った。



仲のよさを見せ付けるかのように腕を組んで歩くカップルも、家庭円満を主張するように手を繋ぐ親子も。

今現在このあたしの目の前にいる幸せな人間は、みんなみんな死んでしまえと思った。











現在の時間は午後8時。

夜も深まってきたこの時間に、あたしはひとり廃れた公園で置いてきぼりのベンチに座っていた。



理由は至極簡単だ。

母親と喧嘩して家を追い出された。たったそれだけ。
まあ追い出された、という表現は正しくないかもしれない。感情のままに家を飛び出したのはあたしの方だから。








母親の言い方に腹が立った。そしてそれが図星だからこそ尚更頭に来た。きっと、思春期の高校生にはきっとよくあることだ。


自分が所謂反抗期というものなのだろうことくらい分かってる。
それでもどうしても言われたことを素直に飲み込めなくて、いっそのこと暴れられればいいのにと思った。それが出来ないあたしは、たぶん中途半端にいい子を演じようとしているのだろう。なんて汚い。







そこらじゅう錆だらけの背もたれは、体重を預けるには心許ない。
案の定少し重心を傾けただけでギィと嫌な音がして、あたしは眉を顰めた。


いじけたあたしを置いて、世界はゆっくり流れていく。
嗚呼、嫌いだ。何もかも。みんな、みんなみんな消えてしまえ。





そう願ったとき、空から降ってきたのは真っ白い雪だった。

神様なんて信じてない。
けれどいるかいないかすらわからないような神様は、たまたまあたしの方を向いていたようだった。
ちらちらと暗い空から落ちてくる雪は、汚い世界を白く塗り潰していく。



それを呆然と眺めていたら、何だか無性に泣きたくなった。
寂しいのか悲しいのか苦しいのか切ないのか痛いのか虚しいのかそれさえも分からなかったけれど、とにかく泣きたかった。

それを邪魔したのは多分あたしの中にも奇跡的にあったちっぽけなプライドというやつで、あたしはマフラーの中に顔を埋める。
唇を噛んで目を瞑って、零れそうになる涙を必死に耐えた。

みんなに平等に降り注ぐ雪が、あたしの存在を隠してくれればいいのに。ここでじっとしていれば、それは叶うだろうか。誰にも何にも見つからず、消えて、しまえるだろうか。




そんな時だ。

耳に届いたのは、積もったばかりの雪を踏み付ける微かな音。
突然頭に降り注いでいた雪が止んで、あたしは顔をあげた。





目に映る見慣れた下駄。
それから寒そうな薄手の着物と帽子、赤い番傘

「こんなところにいたんスか」


あたしに微笑みかけながらを傾けていたのは、浦原さんだった。















「こんなところで何やってるんスか?寒かったでしょう」
「……浦原、さん」
「由仁サンは女の子なんスから、冷えは禁物っスよ」




どうして、とか。
そういう感情よりも、嬉しいが先に立った。


だって、見つけてくれた。

綺麗なものばかりの中で、あたしみたいな小さくて汚い存在を見つけてくれた。
それだけで涙が溢れそうで、あたしは深く俯く。浦原さんが掲げる朱色の和傘は駅前のネオンにはひどく不釣り合いだったけれど、それが逆にあたしと外の世界を隔ててくれているようで安心できた。





「さ、帰りまショ」





元々が貧弱なあたしの涙腺。
それは長い間寒さに耐えていた所為で、ついにぶっ壊れてしまったようだ。みっともないとは思いつつも、後から後から溢れて止まらない。

ぼとぼとと情けなく涙を零しながら、あたしはせめて嗚咽だけは漏らさないよう強く強く唇を噛んだ。
そんなあたしの背に、浦原さんがそっと片腕を回す。
大きな手のひらに後頭部を押されて飛び込んでしまった浦原さんの胸は、思っていたよりずっと広くてしっかりしていた。



「大丈夫」
「え……?」
「安心してください。アタシが、此処にいますから。」



小さな子供に言い聞かせるようにはっきりと言葉を区切って言った浦原さんに、あたしはしがみついて泣いた。
優しい笑みを浮かびながら受け入れてくれる彼の着物が濡れてしまって、少し申し訳なかった。



今夜世界の隅っこで


浦原さんの大きい手に手を引かれて歩く帰り道にはネオンが瞬いて、数時間前に同じ道を歩いたときの何倍も輝いて見えた。







(そうっスね。今日は、ウチに泊まりませんか?)
(え……いいの?)
(ハイ。何されても文句言わないなら、っスけど)
(……………。)










ちょっと前に寡沙にやったヤツのボツ作。
寡沙だけに傘とか……え、違うよイワナイヨソンナコト。
本当はあげるつもりで書いたけど、余りの欝さと中二臭さと内容の薄さのためにボツにしたんです。

やってもいいけど……あの、あれだよな?要らんよな?コレ。






勿論戴くに決まっているじゃないですか。((

そんな訳で此仔さん宅のダストボックスを漁って参りました。
塵1つすら見逃しません。こう書くとストーカーのようですね。
それにしてもゴミ箱とは名ばかりでしたね宝物じゃないですか浦原さんだよいやっほい!! (
読んだ後あまりの幸せに眩暈がしました。
この瞬間だけは世界に2人きりなんだって、読みながらじーんとしてしまいましたよ…。
勿論既に片手で数え切れない程読みましたがね!
此仔の文章にいつも溢れている無駄のない完成されている空気感は本当にお手本にしたいです。弟子にしてください。

それにしても我がサイトはどんどん此仔から強奪してきたもので埋まっていきますね。
ストーカーサイトですね。本当に本当にありがとうございます!!