一体、何が起きたのか分からなかった。
今日は光智学院での生徒会定例会議があり、まあそれは何の問題もないままに終了。しかし帰る途中で書類が一式入ったケースを光智学院の生徒会室に忘れたことに気が付いた。一応これでも私は生徒会副会長、それなりに重要な書類だって扱っている。そんなものをこんな山奥高校に置いていく訳にもいかず、生徒会室まで急いで取りに来ただけだったというのに。
なぜか今、私は光智学院の生徒会長に抱き締められていた。
分からない。どうして一体何が起きているのかさっぱり分からない。生徒会室の扉を開けたときここにいたのはこの人だけで、ああ確かにぱっと見て様子がおかしいとは思ったんだ。顔は蒼白、目は焦燥に見開かれ、十分前にこやかに議事を進めていた生徒会長とはまるで別人のようで。でも、だからと言って呆気にとられている私に抱きつく理由にはならないだろう。その拍子にドアに頭を打ったし。痛い。後眼鏡かけたまま顔押し付けないで。痛いから。
「……あの、会長さん……」
恐る恐る声をかけるが、返事は返ってこない。首から回された腕は怖いくらいの力な上に、彼の方が上背がかなりあるせいで非常に姿勢が辛い。控え目に押し返そうとするがびくともしなかった。というか筋肉あるなこの人。生徒会長の癖に。
(……どうしよう)
依然呆気にとられたままだったけれど、意外に私は冷静だった。どうしよう。人を呼ぶべきなのだろうか。私にセクハラする程女性的な魅力があるのかと聞かれればNOとしか言えないのだけど、流石にこの状況は出る所に出たら勝てる気がする。それに確かこの人は世襲議員のお坊ちゃん、きっと賠償金もがっぽり――
そこまで考えた所で、ふと、彼の様子がおかしいことに気が付いたに気が付いた。小さく、しゃくり上げる声。私の肩に顔を埋め、微かに震えながら嗚咽を漏らして。
「……え、」
優等生を絵に描いたような、光智学院の生徒会長。
その彼が、まるで子どものように泣きじゃくっていた。
「っ!?」
自分の喉から声にならない悲鳴が漏れた。(な、泣いてるって、え、)ちょっと待って。どうして私は業務連絡以外言葉を交わしたことのない人に抱きつかれ泣きつかれているんですか。誰かこの状況を私にも分かるように適切かつ簡潔に説明してください。今すぐに。
「か、茅くん……?」
焦り過ぎて声が上ずった。まさか名前間違えていないよね。そんな疑問が頭を過った瞬間、腕の力が更に強くなった。骨の軋む感覚に、思わず顔が歪む。
「……ね……」
「え?」
小さな声が聞こえた気がして、痛みに耐えながら聞き返す。彼は一度しゃくり上げて、震える声で呟いた。
「……しら、みね……」
――まるで。
まるで、小さな子どもが母親に縋りついているような。世界には相手以外味方がいないと確信し、怯えきっているかのような、あまりにも悲痛で、寂しい響き。
その響きに、混乱しきっていた筈の思考が静止する。
押し返そうとしていた腕からするりと力が抜けた。目の前の弱い背中を拒絶する気は、いつの間にか消えていた。一瞬躊躇ってから、背中に触れる。(私は“しらみね”ではない、けれど)なぜか、そうしなければいけない気がした。そっと撫でる度に、彼の震えが指先から伝わってくる。いつの間にか、姿勢の辛さも彼の力の強さも忘れていた。
どれくらいの時が経っただろうか。
凍り付いたようだった彼が、微かに身動ぎをした。背中を撫でていた手を放して、恐る恐る様子を伺う。暫くして、ゆっくりと彼が身を起こした。汚れたレンズに向こう、焦点の合っていない瞳が私を見る。
「……えっと、茅くん……?」
「……」
間近で見る彼の目は、まだ涙で濡れていた。泣き腫れた顔に表情はなく、呆然としたように数秒間向き合う。
す、と彼が身体を放した。背中を伸ばした彼は、私よりもずっと背が高い。私を見下ろして、彼はゆっくりと口を開いた。
「……貴方は……」
戸惑いが混じった、単調な口調。段々と、目が覚めていくように表情がはっきりとしていく。そこに宿ったものは、先程までの、臆病な子どものものとは全く違うものだった。
「貴方は、誰ですか」
丘の上の学校の、優秀な生徒会長。
人の制服に顔を埋め泣きじゃくっていた筈の彼は、微かな嫌悪を表情に滲ませて、そう言い放った。
初ネヴァ夢。書いて忘れてた。
自分では時々書くけどサイト載せるのは初めてですね。
こんな始まりの連載が書きたい。
時間軸的には久保谷エンド後から前くらいからスタートが良いなぁ。
かなりの鬱連載になるだろうけど。
あ、西園寺の副生徒会長さん公式で名前出てるのにガン無視でごめんなさい。