「救援要請です!北流魂街56地区にて複数の虚による襲撃有り!至急救援を――……」


それは、唐突な出来事だった。

流魂街に虚が現れることなんて滅多になく、流魂街の巡回は危険度の低い任務だとされている。それが今回の場合は完全に仇となっていた。


「任務行ってんのは誰だ!?」
「十八席と新入隊員の二人のみで……」
「……っ!俺が出る!座標を寄越せ!」


この任務に当たっている新入隊員が誰なのかは知っている。先日入隊してきたばかりの、いかにも気弱そうな女隊員だ。
霊術院を首席合格だとか聞いたが、実戦慣れしていない新人が複数の虚相手に太刀打ち出来る筈がない。大虚でもない相手なら自分だけでもどうにかなる。それに、指令を待っていては最悪な事態もあり得るかもしれない。そんなことで、隊員を死なせてたまるものか。
隊員が読み上げた座標を頭に叩き込むと、静止の声も聞かずに刀を掴んで隊舎を飛び出した。


息を切らすことも忘れて、瞬歩を幾度も連用した。
頭から消えない最悪の想像を打ち消そうと、奔りながら刀の掴を握り締める。



「……待ってろ、よ……!」



絶対、誰も死なせはしない。















そう、意気込んでいたというのに。











「……は?」


耳をつんざくような悲鳴は、崩れ落ちる虚のもの。俺の足元で、所々怪我をした十八席が呆然と消えゆく虚を見ている。正しくは、その前にいる人物を、だが。

俺が到着したときには、複数いた筈の虚は残り一匹になっていた。その一匹も、金切り声を上げながら霊子へと還っていく。その正面には、刀を握り、消えゆく様を見守る一人の死神。状況からして、そいつが虚を始末したことは疑う余地がない。



「……おい」


その後ろ姿に声を掛けると、そいつはゆっくりとこちらを振り返った。
色素の薄い、幼い顔立ち。長い前髪の向こうで、大きな瞳が微かに揺れた。完全に塵となった虚には目もくれず、駆け足でこちらへ寄ってくる。

近くまで来て、そいつ――苗字名前は、緊張したように小さく頭を下げた。


「海燕副隊長……えっと、こ、こんにちは……?」


即座には返事をせずに、名前と名前の持つ刀、近くにへたりこんだままの十八席を見比べる。茫然自失といった様子の十八席は、何に衝撃を受けたのだろうか。いきなり現れた虚か、それとも。


「あー、その、アレだ。とりあえず、よくやったな!」
「えっ、あっ、ありがとうございます……って、わっ」


自分まで呆気にとられそうになるのを抑えて、とりあえずくしゃりとその頭を撫でる。身長の低い名前の頭は、訳もなく撫でやすかった。



それが、名前が入隊してきてすぐの出来事。


そして。




「てめぇ逃げてんじゃねぇぞおい!」
「いやあああすいませんごめんなさいごめんなさい許してください!!」


十一番隊との合同演習の今日。目を離していた隙に、なぜか名前は十一番隊舎から脱兎の如く逃げ出していった。ドスの効いた怒声を上げながら後を追っているのは十一番隊の更木隊長。何やってるんすか。
とりあえず近くにいた隊員に話を聞いてみれば、演習試合で十一番隊隊員に圧勝した名前に更木隊長が目をつけて絡みに行った結果らしい。


「……そりゃあ逃げるな、名前の奴も」


思わず呟くと、話をしていた隊員も苦笑を返してきた。名前の突出した剣の腕も内向的過ぎる性格も、十三番隊ではかなり有名な話になってきた。


「にしても、あいつあんなでけー声出せんのかよ。いつも大声で喋れば良いのにな」
「追い掛けなくて良いんですか、あれ」
「あー、大丈夫だろ。多分」
「……ですか」


あいつだし大丈夫
(……自然にしてたら、酷い目に遭った……)


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