「名前」


前を歩く後ろ姿が足を止め、ゆっくりと振り向いた。長い前髪に隠れた目が、驚いたように丸くなる。


「あ……こんにちは、副隊長」


どことなく気まずそうなのは、先日の辞令のことを思い出しているのだろうか。別にとやかく言うつもりはないということを示す為と、気軽さを装って隣に並んだ。


「よ、どこ行くんだ?」
「えっと、三番隊です。資料届けに」
「俺もそっちの方に用なんだよ。一緒行くぞ」


そこまで言うと、ようやく名前が安心したように微笑した。年相応の幼い笑い方に、こちらまで穏やかな気分になる。

初めて名前と顔を合わした時には、こいつは笑顔どころか視線すらこちらに向けなかった。軽く喝を入れてやろうとすれば何度も謝罪を繰り返すばかりで、統学院を首席合格したというのは本当にこいつなのかと不安になったものだ。実際に剣を持たせてみれば、そんな不安は直ちに消え去ったのだが。


勿体ないと、何の含みもなく思う。その性格さえどうにかすれば、更にその才能を活かせるだろうに。



「……あの、海燕副隊長」


不意に、名前が口を開いた。


「何だよ?」
「その……今月末、十一番隊と合同演習をするという噂を聞いたんですが、本当ですか?」
「あー、本当だぞ。明日頃に正式に発表がある筈だぜ?」


そう答えると、なぜか名前は顔を曇らせた。少しだけ俯いて、そうですか、と短く呟く。隠し事が苦手な性分なのだろう。名前は無口な割に、言葉の数倍の感情を表情で示してくる。


「何か、嫌なことでもあんのか?」


そう聞いてみれば、ぽかんとこちらを見上げてきた。バレたことを驚いているらしい。いや、頭の中だだ漏れだぞ。


「……え、あ、その、そういう訳では」
「オメー本当隠し事下手だな……別に誰にもチクったりしねーよ、言っとけ」


言葉ついでに、低い位置にある頭をぐしゃぐしゃと撫でる。小さな悲鳴が聞こえたが気にしないことにした。
適当にかき混ぜて手を離すと、無言で名前は髪を整える。そして、おもむろに口を開いた。


「……少しだけ、苦手なんです。十一番隊のひとたちが」


一瞬その言葉の意味を考えたが、すぐに納得が行った。


「ああ、確かにオメーは苦手そうだな」
「あっあの、別に悪く言ってる訳じゃ」
「分かってるよ。んで?」
「……一緒に演習するのは少し気が引けるなって、思って」


それだけ言って、名前は黙り込む。前髪に隠れたその表情には、申し訳さそうな色が強く浮かんでいた。心優しいというか気が弱いというか、呆れを通り越して笑えてきた。思わず噴き出すと、怪訝そうに名前がこちらを見上げる。


「どうしたんですか?」
「何でもねーよ」
「わっ」


笑いながら、もう一度ぐしゃりと名前の頭を掻き撫でた。あー、こいつの頭撫でやすいな。




手の置きやすい高さ
(ま、十一番隊が相手だろうが、自然にしてりゃ大丈夫だよ。オメーならさ)(……海燕副隊長って、優しいんですね)(何だよ、今さらだな)


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