眠りにつく度、もう目が覚めない事をどこかで祈っていた。
次に目を開けたときはいつも、誰もいなくなっていたから。




霞んだ視界に真っ先に飛び込んだのは、名前の泣き出しそうな表情だった。服は汚れて擦り切れ、いつもは綺麗に結わえていた髪はバラバラに解けて。それでも、彼女の瞳に浮かんでいるのは、紛れも無い幸福の色。

「やっと、目を覚ましてくださったんですね」

かすれた声に返事をしようとしたけれど、上手く声が出ない。まるで、喉が凍り付いているような感覚。

「――……」

発しようとした言葉が、形を為さないままただの息となる。それでも彼女は何かを感じとったように、小さく頭を振った。

「焦らないでください。あるじ様は、ずっとお休みになっていたのですから」


ずっと。


それは、どれ程の時間だったのだろう。人の命では遥かに足りず、僕の死には到底届かない。きっとそれは、彼女が独りで時を刻むには、あまりにも長過ぎる時間。

小さく息を吸う。少しずつ、感覚が戻ってくる。

「……名前」

発した声は、我ながら呆れる程弱々しかった。名前は瞬いて、直ぐに顔を綻ばせる。

「何でしょう、あるじ様」

かつて何度も見た、その表情。
彼女が幸せそうに笑う度、その理由を問いたことがあった。造られたもの、人型の何かが、普通の人間と同じように感情を覚えるとは思わなかったからだ。何か特別なファクターが、その造られた思考回路に影響を与えているのか。そんな予想に反し、名前はいつも同じ答えを返した。


――あるじ様のお側にいられることが、私の無上の喜びです。


そういって浮かべていたものと変わらない、名前の柔らかな微笑。

酷く、懐かしい。


もう目が覚めなければ良いと思っていた。あのまま、只人のように死んでしまえれば良いと願っていた。幾ら頭で不可能だと理解していても、忘却出来ない記憶ばかりが積み重なって、結局は独りになってしまうから。


今までは、ずっとそうだった。



僕は、君に謝らなくてはいけない。君を残したまま、もう目を覚まさないことを祈ってしまった。死なない身体で僕のことを待っていた、君のことを。


でも、今はそれよりも先に。


「おはよう、名前」



また目を覚ませたことへ、初めて感謝をした。










(おはようございます、あるじ様)
(幸福の形をした、彼女の確かな笑顔)



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