本心を見せない人間は嫌いだ。本心を見せないというのはつまりこちらに対し心を許す気が全くないということでしょう。いや勿論完璧に心を許せまでとは言わない。言わないけど、それなりに交流を積み重ねた仲なら少しくらいの歩み寄りを見せても良いんじゃない?
でも君が私に心を許すことなんて今までに一度もなかったよね。ここまで言えば分かるかな、私は君が大嫌いだったの。その能面みたいに貼りつけた笑顔が視界に入るだけで吐き気がしたしこの世の酸素が君の為に消費されるという事実が憎くて憎くて仕方なかった。ねえ分かる?分からないっていうのならはっきりここで言っておいてあげる。つまり君は私の不快感の発生源そのものだったんだって。





「申し訳ありませんでした」


「これだけ罵倒してるのに平然とされてるのもイラッとするよね」



本当に分かっているのか、この男。


うららかな春の穏やかの陽気の元、脈絡のない暴言にも御狐神は笑顔を絶やさない。そういう所が不愉快なのだというのに全く以て私の心からの言葉は届いていなかったようだ。ああ、私の幼馴染とやらにはまともな人がいない。歩く放送禁止男や御狐神とは違うタイプのにやにや能面兎、ああ渡狸は素直じゃないけど悪い奴じゃないね。まあともかく大体全部ろくでなしだ。この狐を筆頭にして。

「苗字さん」

「何」

私の脳内での暴言が聞こえているのかいないのか(普通ならば聞こえないだろうけど、この男が相手だと何も断言は出来ない)にこり、とでも形容されそうな笑顔で、御狐神が口を開いた。


「そう仰るのでしたら、どうして全て過去形なのでしょうか?」


……法律か何かで敬意の籠もっていない敬語は禁止すべきだと思う。かなり腹立たしい。むかつく。眉間に皺が寄りそうになるのを抑えつつ、御狐神を真似て性格悪く笑ってみせる。

「あら、聡明な御狐神さんともあろう方が聞かなくちゃ分からないのかしら?」

「ええ、申し訳ありませんが僕には分かりかねます」

それなら少しは申し訳なさそうにしろ。
喉元まで込み上げてきた山のような罵倒を全てぶつけたても、この男には全く効かないんだろう。ぬかに釘を打ち付ける趣味はない。ああなんて生産性のない会話なんだろう。

「どうしてって」

「はい」

「そんなの、君が」

その続きを口にするのに、微かな躊躇いが生じた。ああ、でも、退くに退けない。逡巡を抑えようと、御狐神から視線を逸らす。


「……君が、若干素直になったんじゃない」


御狐神が目を見開いた。視界の端に映る、その珍しく崩れた表情すら妙に気に障る。

「凛々蝶ちゃんに会って、ちょっと素直に感情を晒すようになって。おまけみたいに私にまでほんのちょっと素直になるものだから、思う存分君を嫌いでいられなくなったんでしょ」

ああむかつく。そう締めくくり、横目で御狐神の反応を確かめる。ぱちりと瞬いて私を見る御狐神は中々滑稽だった。


「……つまり、苗字さんは、もう僕を嫌っていないんですか?」

「嫌いじゃないってだけ。好きでもない」

八つ当たりのように、特に後半に力を込める。それなのに、なぜか御狐神は嬉しそうに頬を綻ばせた。
凛々蝶ちゃんに見せるものまでとは行かなくても、酷く幸せそうに。気持ち悪いくらい、良い笑顔で。


「ありがとうございます」


述べられたのは、間違えようにも無く感謝の言葉だった。演技には見えない笑い方に、一瞬、なぜかこちらがたじろぎそうになる。こっちは散々罵倒したっていうのに。一周回っておかしくなったのか、こいつ。


「……え、何、これだけ言ってんのに君は私が嫌いじゃないの?」

「とんでもない。苗字さんのことは昔から好きですよ」

「マゾ?」

「いえ、犬です。凛々蝶さまの」


凛々蝶ちゃん逃げて。
変態が君を狙っている。


罵倒の言葉が山のように浮かんだが、口から出たのは深い溜息だけだった。(……まあ、良いか)凛々蝶ちゃんについて喋っている御狐神は、いつもより素直だから。どうで喋るのなら、嫌いな御狐神より嫌いじゃない御狐神の方が好ましい。
どれだけ嫌がったとしたって、所詮、私とこいつは幼馴染なんだから。


「……御狐神」

「何でしょう」

「やっぱ君、変わった。不愉快だけど、良い方向に」


前は同じ空気も吸いたくなかったのに、今はこうして会話を続けても良いと思える。御狐神と凛々蝶ちゃんの間に何があったかなんて知らないけど、その出会いで御狐神が良い方向へ傾いたなら、文句なんて何もないだろう。
同じアパートの住人としても、御狐神の幼馴染としても。
隣人はやめられるとしても、幼馴染はやめられないのだから。


「ありがとうございます。苗字さんのお陰かもしれませんね」

「は?」



そんな風にすっきり頭の中でまとめたというのに、御狐神は笑顔のまま妙なことを宣いやがるのだ。



「僕は、凛々蝶さまの次に苗字さんが好きですから。貴女の影響も、きっと少なからず受けているんですよ」







That's what I don't like about him
(……私は君が好きじゃない)(構いません、嫌われていないのでしたら)

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