「頭は真田様に厳しいですね」
「いきなり何言ってんの」
「自分を盾にしろ、なんて。真田様には一番酷なことだと分かっているでしょうに」


私の言葉に猿飛は目を細めた。冷静なその目は、感情を必要としない忍びのもので。この男には似合わない、そう素直に思った。


「それを酷だと思うのは大将の弱さだ。克服して貰わなければ現状を乗り切れない」
「美点でもあると思ってる癖に」
「それでも、だ」


分かっているだろう、と猿飛が冷たい口調で言う。平和なときのおどけたそれとも、真田様と接するときの厳しさを孕んだそれとも違う。猿飛はこれが本来の自分だと思っているのだろうか。感情を殺し、その残骸の上で人を殺す。忍びとしての自分。嗚呼、似合わない。猿飛のことだ、冷徹で非常な自分の上、真田様や武田様と接する為の自分を上手く被せているつもりなんだろう。それこそ、あの可愛らしい狐の面のように。
偽りではなくなっているのだと気づかない、そのなんて優しいことか。


「頭はしっかり者ですね。流石副将様」
「忍びが副将だなんて世も末だって話さ」
「本当、大変な話ですねぇ……」


私の呟きがあまりにも他人事に聞こえたのか。猿飛の視線に呆れの色が混じる。「名前にもしっかり働いて貰わなきゃ困るんだけど」「重労働ですねぇ。それなのに薄給なの、どうにかなりませんか副将様」「なるんだったら自分のどうにかしてるって」まあ、それはそうだろう。猿飛は文字通り武田軍に身を尽くして働いている。これが俸給目当てだったらのならいつ暇を貰っていてもおかしくない程だ。つまり、猿飛は俸給目当てではないということ。猿飛の過去に何があったなんて知らないし、これから知ることもないだろう。猿飛にとって武田がそれだけの存在である、ただそれだけ。
本当、一体どこが感情を殺した忍者の言動だと言うのか。本当におかしな話だ猿飛の為になら身を尽くせると思った私に、それを哂う権利などないとは言え。寧ろ、命を尽くす忍びに命を尽くそうなどという私の方が滑稽なのかもしれない。


まあ、別にいいのだ。
少なくとも、私の場合はだけど。



「本当頭は哀れな境遇ですね」
「哀れって、他に何か言い方はないの」
「可哀想なので私の命でもあげましょうか」
「……要らないよ、そんな重いもん」
「嫌だなぁ。忍びの命が重いなんて、本当に思ってるんですか」


返事はない。何か言われてしまう前に、私は重ねて口を開く。


「頭は武田に必要なお方ですからねぇ。あなたが真田様の盾になるのなら、あなたは私を盾にしてくださいよ」


そうやって、私が尽くした命の分猿飛が生き延びれば良い。例えその命が武田の為に尽くされるだけでも何も後悔はない。どうしようにもなくお人好しで、冷たくて、優しくて。だからこそ、私は猿飛を好いているのだから。
なんだか滑稽な気分になって、ひとり小さく笑みを浮かべる。そのとき、不意に後頭部に軽い衝撃が走った。


「痛っ」
「馬鹿言っている暇あったら働くように」
「……はーい」


猿飛の顔はここから窺えない。はたかれた後頭部をさすりながら、私は小さく笑みを溢した。








私もこの人も。


本当に、馬鹿みたいだ。






20130906






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