心臓が、痛い。
「ちよちゃんに、プレゼント?」
「はい。いつも凛々蝶には戴いてばかりなので、何か恩返しをしたいと思いまして」
そう言って、彼が微笑する。彼の得意な作り笑いなんかじゃなくて、ほんの少しはにかんだような、素直な笑い方。
笑顔を返さないといけない筈なのに、頬の筋肉が強ばって上手く笑えない。
「ちよちゃん律儀ですもんね。何をあげるかは考えてあるんですか?」
「恥ずかしながら、まだ決めていないんです。何を差し上げればより凛々蝶さまに喜んで頂けるのか、どうにも決めきれなくて……」
ぎしりと、心臓が軋む。後ろに回した手の甲に、中途半端に伸ばした爪が食い込む感覚がした。鈍い痛みが走っても、心臓の軋みは誤魔化せない。
「そう、なんですか」
ねえ、
「そのことで、名前さまにお願いがあるのですが」
「……何ですか?」
どうして、そんな、幸せそうに。
「もしもよろしければ、凛々蝶さまにへのお贈り物を選ぶのを手伝って頂けませんか?」
そんな、残酷な言葉を告げるの。
指先に、ぬるい水が触れる。多分、爪が肌を食い破ったんだろう。どこか麻痺した頭で、他人事のように理解する。
不思議と痛みは感じない。喉元にこみ上げる何かに、全て埋没する。
御狐神さん。
私、今どんな顔しています?
「いいですよ」
今までの貴方みたいに、うまく、笑顔を作れているのかな。
「貴方の力になれるのなら、とても嬉しいですから」
ああ、もう。
よく、分からない。
「ありがとうございます」
そうやって彼が笑って言ってくれたから、きっと私は上手くやれたんだろう。その事実が嬉しいのに、心臓を握りつぶされるような感覚は鳴り止まない。
もしこんなに私が弱虫でなくて、思いを伝えるだけの勇気があったのなら。
この瞬間は、何か違っていたんだろうか。
(そんなの、答えは分かりきっているけど)
「御狐神さん」
知っていた。
貴方が私を見ることなんて、絶対にないってことくらい。
貴方の世界はちよちゃんの存在で成り立っていて。
そこに私が入り込む隙間がないなんてこと、最初から知っていたよ。
だって、私はそんな貴方を好きになったんだから。
「何でしょうか?」
今は、ほんの少しだけ苦しいけど。
それでも、貴方を好きになったことを、後悔なんてしていない。
「いっぱい、幸せになってくださいね」
貴方が今、心から笑っているんだから。
貴 方 の 幸 福 を 願 う
(それが、私の幸福)