「健気だねぇ、渡狸くん」
私の言葉に、うどんを食べていた反ノ塚が目を上げた。口に運んでいた麺をずるずるとすすり、飲み込んで口をひらく。
「どーしたの、いきなり」
「いつもいつも特訓だ!って。全部カルタちゃんの為じゃん?」
「あー……そうみたいだな」
「カルタちゃん強いのにさ。健気でかわいいなぁって」
「そういうもんか」
「そういうもん」
へー、と反ノ塚がやる気なさげに呟いた。そんな態度はいつものことなので特に気にせず、反ノ塚がうどんをまたすするのをなんとなしに眺める。
「俺は、あいつの気持ちも分かるけどなー」
箸を動かす合間に、反ノ塚が独り言のように言った。
「渡狸くんの?」
「ん」
ごちそうさま、と手を合わせて箸を置く。いつの間にか食べ終わっていたらしい。
「どういうこと?」
「どうっていうか……」
気だるい視線が私の方を向いて、反ノ塚と目が合う。くしゃりと顔を歪めて、反ノ塚が小さく笑った。
「俺もあいつと一緒で、何かあってもおまえのこと守れねーからさ」
一瞬、思考が止まる。
だって、その声は普段反ノ塚が決して出さないような、とても弱い響きだったから。
「ほら、俺も戦えない妖怪じゃん。だから何があっても見てるしかできなくて、それが歯がゆいっていうこと、知ってるし」
まあ俺は楽だから良いんだけどな、木綿。
眉を下げて、何でもないことのように笑いながら付け足しす。白々しい程の誤魔化しに、伝えようとした言葉が喉元で消え失せた。
(そんな顔で、笑ってるつもりなの)まるで、今にも泣きそうな表情の癖に。必死で何もでもないように、内心を押し隠しながら。
なぜか、目の端にじわりと熱が込み上げてきた。誤魔化そうと、なんとか声を絞り出す。
「……馬鹿」
私は反ノ塚に守ってほしいなんて思っていないのに。
ただ、傍にいてほしいだけ。
だから、そんな顔しないでよ。
優しくて不器用なあんたに、嘘なんてつける筈がないんだから。
そう伝えたいのに、喉が焼ける感覚に阻まれた。代わりに反ノ塚の顔へ手を伸ばす。彼が目を丸くした瞬間に、思い切りその額を指で弾いた。
「いたっ」
「変なこと言わないで」
言わなくちゃ、いけない気がする。ちゃんと私の言葉で、大丈夫だって。でも、なぜか喉が焼けるように痛くて。目元も少し熱くて、上手く、笑えない。(ああ、こんなんじゃ、反ノ塚のことも馬鹿にできないじゃないか)
「……私はもう、散々反ノ塚に助けられてるんだから。変なこと言うな、馬鹿」
結局言えたのはこれだけで、何も伝えられていないような気だけがした。続きの言葉を頭中から探すけど、どこにも、何も見つけられない。(ああ、どうしよう)理由は分からないのに、なんでか、泣いてしまいそうだ。
反ノ塚は数回瞬いて、眉を下げたまま、「ごめんな」とだけ呟いた。
ご ま か し あ い
(ああ、結局、大事なことは何にも伝えられない)