「ネクロスが将軍、アルケイン殿とお見受け致します。お手合せ願いましょう」

「悪いですが、そういう気分ではないので。代わりにお喋りでもどうですか?」




ああ、敬愛するレオニール様。
敵方の将軍は噂通りの変人でした。






「というか君、よくここが分かりましたね。ランカーの皆さんだって撒いてきたのに」

凄いなぁ、と素直に称賛を口にされる。確かにここは木々に覆われた森の片隅で、ご丁寧に(簡易なものだとはいえ)魔導による防護まで行われていた。私がここを見つけ、敵方の将軍が一人でいる場所に至るという好機を手に入れたのは偶然と言って良い。
しかし、一国を代表する将軍が何故ランカーを撒いてきんだ。馬鹿じゃないのか。頭の中で突っ込んでおくが、勿論警戒は一瞬たりとも解かない。剣先を真っ直ぐに向けたまま、優雅な所作で木に寄りかかっているアルケインと対峙する。
今考えるべきなのはこの好機をものにすること、ただそれだけ。

「あの程度の初級魔導で阻める程、ルスランは甘い国ではありません」

視線を逸らさないまま、ゆっくりと言葉を紡ぐ。アルケインは私を一瞥して、口元だけで楽しそうに笑った。顔を覆うマスケラで、それ以上の表情は何も読み取れない。
……それにしても、噂に違わぬ異様な風体だ。垣間見えるのは人のものとは思えない青白い肌、身に纏っているのはは場違いな貴族の服装。戦場ではなく仮面舞踏会にでも居た方が似合うのではないだろうか。
そして、極めつけと言わんばかりにその手に在るのは、

「それは分かっていますよ。でも、それにしたって君は早かった。ああ、ワインはどうですか?」

赤紫の液体が注がれた、ワイングラス。
本来手に収まっているべき剣は、鞘に収められたまま抜かれる気配がない。


「……結構です」


嘗めてるのか、こいつ。


……落ち着け、落ち着くんだ私。
敵はあの剣術において右に出る者はいないとさえ囁かれているネクロス将軍アルエルゴ・V・アルケイン。そうだきっとこれは罠なんだ。ここで私が怒りを露にして隙を見せた途端八つ裂きにしようという魂胆に決まっている。流石ネクロス、いちいち用いる手が汚い。しかしそんな手に乗っかってやる程私は優しくない。

「私が戴きたいのはワインではなく貴方の首です、アルケイン将軍」

「血気盛んな人ですねぇ。例えそんなことをした所で僕は死ねませんよ?」

「貴方が不死であるという噂の真偽等、私にとっては些事に過ぎません。ルスランが為に、私は剣を振るうのみ」

そうだ、敵がどのような変人でも関係はない。あのアルケイン将軍に私の力が及ぶものかは分からないが、私はただ全身全霊を以て立ち向かうだけだ。

レオニール様がいつも口にしている騎士道精神に則り、正々堂々。


「申し訳ありませんが、グラスではなく刀をお取り頂けるでしょうか」

「真面目ですねぇ」

「丸腰の敵に斬りかかるのは騎士道に反します」

「まあまあ。とりあえず君も一杯どうぞ」

「……いい加減にしろこのアル中!!」


無理だった。
我ながら呆気ない我慢の限界だった。


「こっちが形式張って決闘挑んでいるのだから剣士らしく応えるのが常套でしょう!私を愚弄しているんですか!」

「愚弄なんてしていませんよ。いつまでも斬り掛かってこないから、てっきり本当は君も闘いたくないのかと思ったんですが」

「だから武器を持たない相手に斬り掛かる程落ちぶれてはいないです!」

「成る程、流石ルスランの兵と言った所ですか。自尊心が高いですね」

感心したように呟くアルケイン将軍に、更に頭の血管が数本切れたような感覚がした。こう、ぶちっと。レオニール様、私に騎士道精神を貫くのは難し過ぎたようだ。

「……グラスを置いて剣を取れアル中将軍。死ななかろうが貴方の首をかっ切ってレオニール様に献上してしんぜましょう」

「おや、君は彼の所の人でしたか。彼の部隊は皆こんなに血気盛んなんですか?」

「貴方の態度が悠長過ぎるだけです嘗めているんですか!?幾ら貴方が強いと言っても、私の実力を見縊られては困りますよ」

「いいえ?僕だって剣士の端くれですから、向き合った相手の力量くらい分かります」

やれやれ、と億劫そうに首を振る。いちいち堪に障る仕草ばかりで、無意識の内に剣を持っている手に力がこもった。

「……私の実力を認めるというのでしたら、剣を抜いて頂きましょうか」

「最初にも言いましたけど、今はそういう気分じゃないんですよ。……ねえ、君だって一度しかない人生を生き急ぐこともないと思いますよ?ワインのもたらす幸福と充実を知らないまま命を落とすなんてもっての外です」

「生憎ですがそもそも私は祖国で飲酒を許されている年齢ではありませんからインはどうでも良いんです!分かったらいい加減に……っ!」

「え、成年していないんですか!?」

今までで一番の反応が返ってきて、思わず続けようとした言葉を飲み込んだ。何だ。そんなに私は老けて見えていたのか。

「……戦場において、年齢など関係はないでしょう」

「そうですか……確かに随分若い兵だとは思いましたが、まさか未成年だとは……未来のある若者とはいえ、ワインを嗜めないのは嘆かわしい」

「会話が成り立たないのならいい加減斬り捨てますよ!」

「君の話は聞いていますよ。随分実力があるようなのに、君がそんな年齢であることを驚いているんです。それに、何だかんだ言っておきながら僕に斬り掛からない理性にも。レオニール君も、中々良い兵を育てているようですね」

予想だにしていなかった言葉に、一瞬返答を失った。だって、ふざけているだけかと思ったいたアルケインの口からそんな言葉が出るとは。
(……落ち着け、私)相手のペースに乗せられるな。もう随分乗せられているなどと考えるな。冷静さを装って、出来る限りの冷淡な声を出す。

「……妄言はいい加減にしてください」

「構えは美しいし、殺気も申し分ない。忠義を捧げる人間の信義に完璧に則れるだけの忠誠心に、僕を前にしても全く引かないだけの豪胆さ。……まあ、それとも」

言葉を止めて、口端を持ち上げる。
尖った犬歯が、笑った瞬間に垣間見えた。

「器の差すら分からない若輩者、というだけなのかもしれないね」



瞬間、

ぞわりと、背筋を冷たいものが走った。



欠片の殺意も発されていないし、相手は武器にすら触れていないのに。私の動揺を感じ取ったかのように、アルケインが喉を鳴らして笑う。
今までの戯言が嘘だったかのように、その場の雰囲気が冷たく、重いものと差し変わる。剣を握る手に、無意識の内に力が篭った。内心の揺らぎを押し隠し、平静を装って口を開く。

「見縊らないで頂きましょう。貴方がどれだけ強いとしても、敵に背中を見せる程落ちぶれてはいません」

「落ちぶれ、ね。それだってレオニール君の受け売りでしょう。君自身の意志はどこにあるんですかね?」

「あの方の意志は私の意志に同じです!」

「心の底からそう思っているのなら、哀れみに値しますよ」

そう、笑って。
自然な動きで、アルケインが寄りかかっていた木から背中を離す。長い服の裾を翻して、私に向き直った。

口元に浮かんでいるのは、微かな嘲笑。


「もう一回聞きますよ。闘うのより、こうやって喋っている方が良いとは思いませんか?」

「……私の答えは、何も変わりません」

「そうですか」

あっさりと答えて、グラスをもう片手に持ち替える。
そのまま利き手を剣の柄に沿え、真っ直ぐに引き抜いた。



「それじゃあ、仕方ない」



黒い刀身が、光を鈍く反射する。




「一瞬だけ、君に付き合ってあげよう」




剣先を私に向けて、アルケインが口端を吊り上げた。


心臓が、一度大きく波打つ。向けられた剣とアルケインの声に、世界が音を忘れたように静止する。先程覚えたものと同じ感覚が、私の思考を支配した。
同じ剣士であれば、剣先を向けられた瞬間、相手の実力が分かる。
何時かレオニール様が言っていた言葉が、脳内で反響する。私も戦場を駆ける兵の一人として、その事は、分かっているつもりだった。


実力なんてものじゃない。

この男は、格が違う。


反射的に、唇を引き結ぶ。無理だ、勝てる筈が無いと叫び続ける本能を押さえ込み、思い切り地面を蹴る。相手の懐に飛び込み、剣を斬り上げる。アルケインの笑みが見えたような、気が、した。

瞬間、鈍い衝撃が走った。

肉を裂く感覚とも剣と剣がぶつかった感覚とも違う、覚えたことのない感覚。
それが何かを確認する前に、ふっと、剣が軽くなる。


剣先に視線を走らせて、息を呑んだ。




「……え、」





離れた地面に突き刺さっている、私の剣先。手には握り慣れた柄が握られたままで、何も変わりはない。



但し、根元で刀身が真っ二つに折られている以外は。



数歩下がった場所で、アルケイン将軍が剣を仕舞うのが見えた。アルケインが剣を振るうのも、私の剣が折られる瞬間も、何も見えなかった。呆然とした頭で、柄だけ残った愛刀を見る。


「さて」


軽い調子でこちらに歩み寄ってくる足元が、視界の端に写った。
何も反応できないまま、ただ視線を持ち上げる。



これ以上なく楽しそうに。
立ち尽くしている私に、アルケインは笑いかけた。



「それじゃあ、お喋りの続きをしましょうか」








(悪夢みたいな、現実)







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