SS | ナノ





adagio








「ねぇ、浦原さん」
「なんスか?」










呼ぶ声に振り返って、彼はあたしの唇にちゅ、と触れるだけのキスをした。
彼の癖みたいなものだ。触れるだけ。掠めるだけの、まるで子供がするそれのようなキス。





「今日ね、友達に、アンタ付き合ってる人いるのって言われたんだけど」
「そうっスか。」





簡単な相槌を打ちながら、浦原さんはあたしの頭をそっと抱き寄せた。ふわりと香る彼の匂いに酔ってしまいそうになる。

彼は抱き寄せたあたしの頭にも、ちゅ、と可愛らしいキスをした。
それがこうもかっこよく決まってしまうのだから、大人の男ってヤツはずるいと思う。


「それで?」


低く呟いた声が鼓膜を擽って、鳩尾の辺りで渦を巻いた。くすぐったいような、恥ずかしいような、そんな気分になる。

浦原さんは続けて言った。



「それで、由仁サンはなんて答えたんスか?」
「うーん……」
「言えないような答え方したんスか?」
「違うよ。ちゃんと、いるって答えたんだけど」



いるって答えた。そう伝えれば、浦原さんは嬉しそうに顔を寄せてきた。
大きな体でまるでこどものように擦り寄ってくる姿は、なんだか可愛い。
帽子の上からよしよしと頭を撫でてあげると、彼は殊更嬉しそうにあたしの目尻に軽く口付けた。



「……どうしたの?今日はいつもより甘えただね」
「大人の男には、そういう日もあるんスよ」
「そうなの?」
「ハイ」


ぎゅう。

そんな効果音が似合いそうな様子で抱きついてきた浦原さんと、浦原商店の小さな卓袱台にいつのまにか挟まれていたあたし。
何だかポジション的にしっくり来なかったので、思い切って浦原さんの長い足の上に移動してみる。
彼は何でもないことのようにあたしを受け入れた。うん。落ち着く。


後ろから抱きついてあたしの髪の毛を弄る浦原さんは好きにさせて、あたしは目の前の机の上の湯呑みをとった。落ち着いた色のそれはあたしのじゃなくて浦原さんのだけれど、間接キスとか気にするような間柄でもないし。

ごくり。勝手に一口飲めば、口の中に日本茶特有の上品な苦みが広がって消えた。














それだけの間があってから、ようやく彼はあたしの言葉の含みに気がついたようだ。ん?という小さな声。その時間差に笑ってしまいながら、あたしは完全に浦原さんに体を預けて寄り掛かった。



「……けど?」
「うん。けど。」
「けど……なんスか?」
「…あたしたちって、付き合ってるんだよね?」


あたしのその質問には、マイペースというか、感情が読みづらい彼も少なからず驚いたようだった。
一瞬だけ硬直して、あたしの髪を弄る長い指が動きを止める。
しばらくの後にまたあたしの前髪を梳き出した彼だったけれど、その動きは数秒前と比べるとややぎこちない気がした。



「……アタシはそのつもりだったんスけど」



違うんスか?なんて。
そんなことを言った彼がいつになく弱々しく微笑むものだから、胸の奥がきゅんと音を立てた気がした。
違わないよ。そう言って後ろに寄り掛かる。

そう。きっと違わない。けど。




「……キス以上のことなんてしたことないって言ったら、みんなが」
「ああ、そういうことっスか」




一を聞いて十を知る。じゃないけど、浦原さんには似たようなところがあると思う。察しがいい上に頭もいい。

浦原さんはあたしの足りない言葉からきちんと全てを理解してくれたようで、可笑しそうに唇で弧を描いた。
浮かべた笑みはそのままに、あたしのほったらかしだった手のひらを掴んで指先に唇を寄せる。

音も何もしないそれがでも今までの何より特別で恥ずかしい行為のように思えて、あたしは自分の顔が一気に熱を持つのを感じた。
きっと今のあたしは耳まで赤いだろう。見られたくなくて俯けば、くすり、浦原さんが笑った。









「好きっス」










そう囁かれた途端、ぞくりと寒気に似た何かが背筋を奔った気がした。
耳にかかる吐息が熱い。






「好きっスよ、由仁サン。アタシは、貴女を誰より愛してます」






色めいた声で囁かれて、胸の中が何だか痒くて仕方なくて。馬鹿みたいにバクバク騒ぎ出した心臓がうるさい。頭の中が真っ白で、顔が赤いとか、もうどうでもよくなった。顔を上げる。至近距離で綺麗な瞳と目線がかち合って、脳みその奥で何かが破裂したような気がした。
真っ白、だ。




「……これじゃ、ダメっスか?」
「へ?」





放心していた所為で間抜けな声が出た。
長くて筋張った彼の両腕が、あたしをぎゅっと抱き締める。



「これじゃダメっスか?」
「…あ、の……ダメ、って、」
「好きっス。由仁サンのことが大好きだ。……これじゃあ、満足してもらえないんスか?」



包まれているという状況は、思っていたより随分と簡単にあたしの心をかき乱した。
抱きつかれる、抱き込まれるという行為自体は慣れたもののはずなのに、どうして今日はこんなに緊張するのだろう。


そんなことを考えていた所為で、大好きなはずの彼の言葉は全然頭に入って来なかった。

えっと。

……つまりは、どういうことなんだろう。




「…アタシは別に、いつだって先に進めるつもりなんス。貴女さえよければ、いつだって。」
「えっ」
「言ったでしょう?アタシは由仁サンが大好きだって。アタシは大人っスよ。好きの意味も、愛してるの意味も、その先だって、きちんと理解しているつもりっス」
「……うん」
「でも、アタシは貴女を大事にしたい。…意味は、分かりますね?」





はっ、とした。






「…………うん。」
「それはよかった。」






大事にしたい。彼は今、確かにそう言った。


それはつまり、あたしのことを大事にしたいと思うからこそ、手を出さなかったわけで。
たぶん、おそらく、本当のところは……あたしと、あんなことやこんなこともしたいと思ってくれているわけで。





「それを踏まえて、由仁サン。好きってだけじゃ、満足して頂けませんか?」
「……ううん。」
「いい子っスね」




そう言うと、浦原さんはあたしの頭を撫でた。
空いた逆の手であたしの耳元の毛を掬ってキスをする。甘くて甘くて、気絶してしまいそうだった。







「……いいんスよ、ゆっくりで。」





あたしの大好きな声が、畳の匂いのする居間に響いて消える。

囁く声がどうしようもなく愛しくて、あたしはもぞもぞと動いて浦原さんの方を向いた。もちろん膝の上には、乗ったままで。





「いいんスよ。ゆっくりで。由仁サンのペースで進んでくれればいいんス。時間はたくさんあるんスから」
「たくさん?」
「そう。たくさんっス。これからのアタシの時間は、全部由仁サンのものなんスから」




ね。

そう微笑んだ浦原さんは、今まで見てきた中でも最上級に格好良かったと思う。
帽子の下から覗く双眸から目が離せなくて、







「だから」














愛しくて、愛しくて。












息が、できない。
















「気張らないでください。アタシは、いつまでも待ちますから」






それを聞いてついに、『好き』が溢れて止まらなくなった。
思い切って浦原さんの唇に自分のそれを押し当てる。





額と額がくっつきそうなくらいの距離で、あたしは真っ赤になりながら返事をした。
















終始ちゅっちゅしてるだけのお話ですねごめんなさい。

えー、『夏空旅行』様がサイト改装記念に書いてくださった小説へのお返しです!
といっても初書き浦原さんでうまく書けているか謎すぎる。
これで等価交換になるのかな?……ならないかな。(苦笑)

なんか只管ちゅっちゅしてるのはあたしが糖分アレルギーを克服するためにゲフゲフゲフ。違う。寡沙への嫌がらsゲフゲフゲフゲフ。もっと違う。あー、アレだ。えっと………甘いもの食べると、頭痛が治るから。(←意味不ww)

タイトルは「ゆるやかに」という意味の音楽記号です。


寡沙様のみお持ち帰り可。
お好きにして飾ってやってください。



読んでからとりあえず夢ではないかと疑い頬をつねって二度寝して起きて歓喜の声を上げました。(
だって!浦原さんだよ!!浦原さん!!
此仔が私の為に浦原さんの夢書いてくれたんだよ!!!!((
いやあの本当ありがとうございます!ご馳走様です!!
なんなのこの溢れんばかりの幸せ感。お腹いっぱいです。ご馳走様でした。

本当にありがとうございました…!感謝!