小説 | ナノ


▼ 愛はあまいと知っている 2

***





 重たい瞼を上げると、真っ白い天井が目に入った。状況把握のためにキョロキョロと周りを見渡す。カーテンで区切られたスペースと、このアルコールの臭い、ああ医務室か、なんて冷静に判断し起き上がってカーテンを揺らす。さすがお坊ちゃん校、点滴が繋がれてた。
 俺の気配に気づいた校医の先生がベッドに近寄る。


「気がついた?」
「あ…はい」
「倒れたことは覚えてる?」
「若干…」
「貧血だよ。聞いたところご飯も睡眠もろくに摂れてないらしいし、こうなって当然。とりあえず点滴打ってるからそれ終わるまではここで休んでてね、鞄持ってきてくれてるから終わったら帰っていいよ」
「はい……すみません…」


 まさかこの俺が本当に倒れるとは。それよりも気になったのは、二次元世界と違ってこの保健室が普通ってこと。校医がビッチでヤリ場になってるのはやはり二次元だけですね!根はやはり腐った男、考えてしまいます。はい。

 温もりの冷え切っていない布団の中に潜り込んで目を閉じる。もちろん、頭の中を埋め尽くすのはただ一人、皐月だけだ。

 ふと、皐月とギクシャクしだした時のことを思い出す。改めてひとつひとつ皐月の様子から察して行くと、ひとつの可能性に辿り着いた瞬間、ドクンと鼓動が大きく脈を打ち、慌ててガバッと身体を起こした。


「…ま、さか…!?」


 もしかして:恋煩い


 もしかしてもしかすると、皐月も俺と同じで、恋煩いをしていたのではないかという考えに至った。だって、ずっとボーッとしてたし、元気なかったしいきなり肌隠すようにし始めたし…この前顔赤らめたのだって…男がそういう対象で見れるようになったからじゃないのか?前までは恥じらいもなく着替えたり風呂上がりにタオル一枚だけだったり手当てだって普通に受けてくれていた。
 あ、そうするとあの時見た皐月の涙ももしかして恋愛関連…!?
 俺のBL的知識で判断するにやっぱり恋煩いに違いないだろう。たぶん、いやきっと。

 え、誰、誰の事好きなんだ?あの時笑い合ってた奴?今泊りに行ってるとこの奴?それとも別のクラスの奴?
 嘘だろ嘘だろ、やっと好きだって気づいたばっかりなのに、そんなのってあんまりじゃないですか。俺が身長のでかいだけの木偶の坊でヘタレ野郎だから天は見放してしまったのでしょうか。泣きたい。


「あぁあああ…」


 フラグを立てても、結末はBADEND一直線だ。そもそもフラグの立て方が分からないけど。嫌われてるし、絶対嫌われてるし。嫌われ→総愛されの流れおいしいです。総愛されからの固定CPがもうおいしいですよね制裁とか受けた後に超絶美形さんに拾われてそれからずっと支えてくれた彼に恋しちゃう、みたいな!みたいな!皐月!好きだ!
 あぁもうどうしたいの俺。皐月に会いたい喋りたい付き合いたいイチャイチャしたいキスしたい触りたい。でも、できない。皐月に好きな人がいるなら俺は応援したい。うそ、嫌だ。でも、それができなかったらもう皐月と俺との繋がりが無くなってしまう。だから、友達というポジションを維持しなければいけない。
 皐月と仲直りしなきゃ、皐月を部屋に呼び戻さなきゃ。でも、友達ってどこまでしていいんだっけ?手当てとかあまり触れるのもだめかも、喋るのもだめかも、見つめるのも、だめかも。こんな時、小説の中の主人公はどうしていた?


「………帰ろ」


 点滴も終わったみたいだし、なにより虚しくなってきた。慣れない保健室にいるよりも、落ち着く自室の方がいい。帰って泣きたい。お気に入りサイトさんの悲恋モノでも読んで泣こう、そう思って俺は奥の部屋にいた校医に声をかけ点滴針を抜いてもらい自室へと帰った。

 本来ならば授業中なので寮はどこも閑散としていて、どこからか流れるムーディーなBGMだけが廊下に響いていた。
 相変わらず皐月の匂いがしない部屋のドアを開け、靴を脱いだ時ある事に気づく。ハッとして慌ててリビングに繋がる廊下を進んで名前を呼ぶ。
 俺の予想が、俺の記憶が正しければきっと…ー!


「皐月っ!?」
「うぉっ」


 やっぱり、玄関にあったのは皐月の靴だったんだ。ドアを開け放った先には皐月がいて、目を丸くしてこちらを見ていた。


「皐月……」
「な、なんでいるんだよ…」
「あ…その、早退したんだ」
「早退?具合悪いのか?」
「軽い貧血だよ」


 変わらない、変わらない皐月。もちろん気まずい空気はあるけれど、俺が早退したと知った途端それを忘れて親身に心配してくれる優しい皐月。胸が苦しい。


「それより、皐月はどうして…」
「あ…ジャージ取りにきただけだ」
「そうなの…」


 ごめん、帰ってきて、いつまで外泊してるの、好きな人できたの、どうなの俺の事嫌いなの、言いたい事はたくさんあるのに口から出てくるのは冷たい言葉だけだった。


「じゃ、俺戻るから」
「…………」


 スッと俺の横を通りすぎて行く皐月。本当ならばその手を掴んで、行かないでと言いたいのだけれど、俺にそんな権利はない。


「あ…俺、部屋移動にするから」
「……え?」


 恐れていた事が起きた。


「来週末、荷物片付ける」
「な、なんで!?」
「………いろいろあんだよ」
「部屋移動とかは特例でしかしないじゃん!」
「そんなん適当に言っとけばなんとかなんだよ」


 俺は素行が悪いしな、たぶん通るだろ。大丈夫お前に迷惑はかけねえ、と続ける皐月。慌てて玄関まで追いかけた。
 そんなそんな、なんでそんなに俺の事避けるの、そんなに嫌いなのどうして言ってくれないと分からないし直せないよねえ皐月。
 皐月まであと1mのところで立ちつくす。足が震えて動かない。喉がカラカラと渇いて、うまく唾が飲み込めない。どうして。どうして。


「ーー…んで、」


 絞り出した音は皐月まで届かなかった。

 くるりと振り返った皐月は、さっきまではキョロキョロと視線を泳がせていたのに、まっすぐ俺をみてじゃあ、と声をかけまたくるりと向き変わった。


「ーー…っ!」


 その声を聞いて俺は金縛りが解けたかのように動けるようになっていて、ハッとし気づいた時には既にドアノブを握る皐月の手の上に重ねるようにして開き掛けていたドアを閉じ、片腕で皐月を抱き寄せていた。


「……行くなよ、皐月」


 あぁ、言ってしまった。


「やだ……行かないで、行かないでよ皐月…行かないでっ、いか、行くなよ…行くな行くなっ!」
「えっ…ちょっ…」


 狼狽えてなにもできない皐月を良い事に、俺は掴んでいた皐月の手ごと腰に回して身体を抱き寄せる。
 頭では言っちゃだめだ、こんな事言っても皐月を困らせて余計嫌われるだけなのにって分かっているのに、そんな思考を他所にどんどんと口が働いた。


「なんで行っちゃうの?そんなに俺の事が嫌い?なんでよ、好きな人とかできたの?だからあの時見られて触られて嫌がったの?だからここから出てくの?」
「ちょっ…おいっ、颯!」


 ジタバタと暴れる皐月を身体全体で抑え込む。身長差があるから、抱き込むとどうしても前のめりになってしまって、でもそれを気にする余裕もなくて。


「やだよ、やだよ…皐月……ここにいてよ、出てくなんて言わないで…お願い、ねえ皐月………おれ、俺皐月いないとムリだよ、しんじゃう、すき、好きなんだよ皐月のこと、ほんと、好きっ…」
「……は、」


 そこでハッとした。

 やってしまった。やってしまった。言うつもりなんて無かったのに。感情が抑えきれなくて、思わず言ってしまった。最悪、キモい、馬鹿じゃねーの俺。後悔。後悔。後悔。
 皐月も皐月で、抵抗していた力が抜けていて、それが明らかに驚愕していることが顔を見なくても分かる。


「あ、いや…」


 俺は腕の力を抜いた。そのままヨロヨロと2、3歩後ろに後ずさる。ゆっくりと皐月が振り返って来るのが分かって、俺は思わず、


「ごめんなさぁあああい!!!!」



 逃げた。








 真っ先に自室に避難し鍵を掛けて布団を被る。ドクドクと脈打つ鼓動がうるさいくらいで、心臓も頭もパンクしそう、というかしてしまいたい。

 どっどっ、どどどどどうしよう!どうしよう!言っちゃった!言っちゃった!好きって言っちゃった!!ああ時間よ戻れ!戻らなーい!!

 激しい後悔に溺れていると、ガチャガチャッとドアノブが捻られる音がした。


「おいっ、颯!」
「っっぎゃぁあああ!すいません!すいません!」
「なに逃げてんだよ!開けろ!説明しろハゲ!」
「あぁああどうかご堪忍を〜!」


 ガチャガチャという音に加え荒々しくドアが叩かれる音もし始める。ドンドンガチャガチャと軽くホラーな状況に恐怖し布団を握る手に力が入る。


「おいテメェ良い加減にしろよ!今すぐ開けねえとドア破り倒すぞあぁ!?」
「やーめーてー!!!」
「テメェが男同士の色事で興奮するマニアックプレイ好きの変態童貞野郎って今外で叫んでやってもいいんだぞ!!!!開けろ!!!」
「やめてください!やめてください!だけど鍵は開けらんない!!!むり!しぬ!!」
「このヘタレ野郎!!お前俺の事好きなのかよ!!!」
「あぁもう好きだよ!好きです!!アイラブユー!!だからなに!?ほっといて!!今俺傷心中なんだからぁあ…」


 もうヤケクソになって好き好きと叫んでる俺は馬鹿丸出しだ。ヤンキー怖い不良怖い。口悪すぎ。童貞ってことはトップシークレットなのに!ひどい!
 布団の隙間から枕を取って抱き締める。今傷ついた俺の心を温かくしてくれるのは布団と枕、お前らだけだよなんて現実逃避をしつつ皐月の出方を伺うと、先ほどまでけたたましいくらいだった音が一切止んでいた。
 あぁ、完璧に引かれた、向こうはどうとも思ってねーのに気持ち悪ぃーって、引かれた。そう思っていたのに、しばらくすると聞こえてきたのは、皐月の嗚咽だった。


「……え?あ、は?…皐月、泣いてる?え?そんなにキモい?え?え?」
「うっ、ぐすっ…いいから開けろハゲ」


 興奮して罵っていた時とは違って、嗚咽混じりに低い超えで開けろと言う皐月。なんというか俺は皐月の涙に弱くて、皐月が泣いてる!と思ったらなにも考えずに布団を飛び出して鍵を開けていた。
 途端、思いっきり扉が開かれたかと思えば次の瞬間には皐月が飛びかかるように抱きついてきたのだった。


「うおっ!」


 情けなくも支えることができなかった俺はヨロヨロとよろけた果てにズドンと尻もちをついてしまった。あぁかっこ悪い、なんて考える暇もなく置かれた状況に悩まされた。


「さ、つき…?」


 とりあえず距離を取ろうと、皐月の肩に手を置いて力を入れたのだけれど、その瞬間に動くんじゃねえ!と、逆方向に皐月が力を入れたため、びっくりして俺はただ手を即座に離し所謂降参のポーズをしていた。

 ぐりぐりと俺の胸のあたりに額を押し付ける皐月。胸元が濡れて行くのが分かって、ズキンと心が痛む。皐月の真意が分からないためどうしようもない。だから俺はゴクリと唾を飲み込み意を決して手持ち無沙汰になった手を皐月の背中に回して、片方は腰を抱き、片方は嗚咽に時々揺れる背中を撫でた。置いた瞬間にビクリとされはしたが、拒まれることはなかった。嬉しかった。


「………好きだ」
「……おん?」


 皐月の背を撫で続けてしばらくした時、だいぶ落ち着いた皐月の第一声がそれだった。


「………」
「………」
「……っ、」
「……誰を?」


 暫く間を置いて出た声はだいぶ酷い声だったと思う。喉から絞り出すかのように出てしまったから。しかも震えてしまって。明らかに緊張してます、みたいな。


「…お前を」
「………誰が?」
「……俺が」
「……す、き?」
「………」


 ………。

 無言は、肯定。ぎゅって抱きつく力が強くなったのも、きっと肯定。
 皐月が、俺を、好き。


「は!?ちょ、ちょちょちょ説明求む!?」
「…は?そんなのねぇけど」
「え!?好きって!?ラブ?ライク?フェイバリット!?」
「………ラブ」
「かっ、かわいい…!」


 ぎゅうぎゅうと抱きつきながら顔も上げずに恥ずかしそうにラブと呟く皐月がもう、かわいくてかわいくてかわいくて…!


「ほんとに…?」


 音もなく頷く皐月。
 貧血で倒れた筈なのに、ドクドクと脈打つ鼓動と全身を巡る血液のせいでかぁっと体温が上がって行くのが分かった。


「やば…めっちゃ嬉しい…」







 あの後、抱き合った格好のまま皐月の話を聞いた。落ち着いてゆっくりと聞けば皐月は恥ずかしそうに、それでも怒る事も黙り込む事もなく、俺が聞いた事に対して答えてくれた。

 なんでも、はっきりと俺への気持ちに気づいたのがあの手当てをし皐月の服を捲った日がきっかけだったらしい。驚きと羞恥で咄嗟に突き飛ばしてしまったのだと言っていた。そこから変に意識してしまい、またそれを友達に相談したところ恋だ愛だの言われたらしく、また余計に意識し避けてしまった。そんな負のスパイラルに嵌ってる時、思考回路が割と純情乙女な皐月は避けてしまう自分の情けなさと、また俺が皐月を好きになる訳ないという叶わない恋ということに思わず泣いてしまったらしく、あの日俺が見た涙はそれが理由だった。

 部屋を移動する理由を聞けば、恋心を意識してしまってからは俺との共同生活が辛く、気まずいままでいるならいっそ接点を切ってしまおうと泊まり込んでいた友達の部屋へ移動を決めたらしい。友達の名前が出た時に抱き締める腕の力が少し強くなってしまったのはしょうがない。皐月が恥ずかしそうに男だからムラムラもする、と告白してくれた時の俺の様子はご想像にお任せする。
 と、まあその赤らめた顔につられて俺も顔を赤くしてしかもムラっときてしまった訳だが、密着した身体、皐月が気づかない訳もなく、けれど病人だから寝ろ!と急に元気になって立ち上がり布団に戻された。でも、俺はその時見えた皐月の発言とは裏腹に瞳にうっすらと涙を浮かべて真っ赤になった顔を忘れない。







prev / next

[ back ]



「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -