小説 | ナノ


▼ 1−イチ−


安田 壱依(やすだ いちい)
瀬川 汰一(せがわ たいち)







***




 急いで下駄箱で上履きに履き替え階段を一段飛ばしで上がり、バタバタと廊下を駆け抜ける。
 駆け抜ける音は一つじゃない。俺と張り合うようにしてもう一人急いでいた。


「テメェのせいで遅刻しそうじゃねえかクソ!よってお前は俺より後に入れ!」
「なに言ってんの馬鹿なの?お前より俺の方が名前順先じゃんかよ呼ばれるの早いんだよ!!」


 お互い息切れしているのに、相手に噛み付く事をやめずにほぼ同時に滑り込むように教室のドアをくぐった。


「瀬川ー瀬川汰一いるか〜」
「はいっ!はい先生!俺です!瀬川ですNO遅刻NOライフ!」
「なんだよNO遅刻NOライフってアホかよ意味わかんねーよ!先生俺も!俺もギリギリだよね!?まだ名前呼ばれてねえしセーフだよね!?」
「壱依みたいに小さい子供は早く小学校行こ?」
「んだとゴラァ!俺は絶賛成長期じゃボケ!表出ろ!」
「あ〜…分かったから早く席つけ」


 ボサボサとめんどくさそうに髪をかく俺らの担任島っちゃん。相変わらずだるっだる。
 俺らが席に着くと島っちゃんは呼名を続け、今日の連絡して教室を出て行った。


「おっはー壱依と汰一!今日も仲良く二人揃って遅刻かよ!」
「さっすが壱一コンビ!」
「うっせえその名前で一括りにすんな!」


 騒がしい奴らが俺らの周りに集まってくる。俺ら、と複数系なのは隣の席が汰一だから。どこまでもしつこいやつだぜ。
 壱一コンビというのは、俺と汰一に共通して数字の1が名前に入ってくることから、前にHRの時に島っちゃんの前で汰一と口論していたら島っちゃんが「うるせえぞ壱一コンビ漫才ならよそでやれ」と言ったせいでクラス、学年中に名前を馳せてしまった。まぁ元から俺らは色々なとこで喧嘩し始めるから有名で、周りからも生ぬるい目で見られていたがこの名前が浸透してからは完全にあ、またやってる!仲良しだな〜なんて温かい目で見られるようになった。なんだかいたたまれない。

 それでも俺たちはなんだかんだ、行動を共にしている。喧嘩ばっかしてるけど。

 授業が始まり、空気が冷える。現代文の授業はとても暇で、先生の音読がただの睡眠魔法にしか聞こえなくて、うつらうつら船を漕いでいたら隣から折りたたまれた紙が投げ込まれた。


”身体へいき?”


 そう書かれてあった。思わず隣を見れば涼しい顔して汰一が黒板を見ていた。そうだ、こいつ根は真面目で頭良いんだった。それに少しムッとして、その思いを文面にぶつけた。


”ちょー痛いお前がしつこいからだぞ!今日の遅刻もお前のせい!”


 そう書いて畳み隣に投げ込んだ。汰一の様子を伺うのもなんだか癪に障るのでどこを読んでいるかも分からない教科書に目を落とす。そうするとまた、隣から紙が投げ込まれた。


”壱依が離してくれなかったんじゃん!”
”俺はやめろって何度も言った!”
”あんなに誘っといて…!最後の方壱依もっとって言って離してくれなかったのにもう忘れたの!?”


 そこ見たらもう耐えきれなかった。


「俺がいつ!そんな事言ったんだよ捏造すんなや!」
「言いましたー!絶対言いましたー!大体遅刻だって壱依がのんびりしてたからじゃん!」
「だからそれはお前のせいで寝不足だったからだろうが!!」


 授業中なのも忘れてバァンと立ち上がって周りを憚らず文句を言う。そうしたら汰一も釣られて立ち上がり、周りも突然のことにビクッとしながらもまたかよ、なんて声が聞こえてきた。
 俺と違ってすくすくと伸びやがった汰一を見上げるって事が一番の屈辱。いつかにょきにょきと身長が伸び、その暁には汰一の事を存分に見下ろした後に踏みつけてやりたい。


「安田、瀬川」
「あ……」
「…!」


 先生に名前を呼ばれてハッと我に返る。それは汰一も同じで、顔を見ればやってしまったという表情をしていた。


「お前らうるさい。廊下立ってろ」










***


「いちい、」
「………」
「壱依ったら」
「………」
「いちいちゃーん」
「………」


 俺はキレている。だから汰一をフルシカトしてやった。大体にして身体が痛いのは本当で、若干のだるさもあって、朝からバタバタしてて騒がしかったし、もうなんか疲れた。今日マジいい事ない。汰一とかなんなの、馬鹿じゃねえの。意味わかんねえ。

 水の入ったバケツを両手に持って廊下を立たされるなんていつの時代だよ。
 はぁ、と隣からため息が聞こえた。ため息吐きたいのはこっちの方だ。


「壱依、」
「………」
「ごめん俺が悪かった」
「………」
「加減できなくてごめんね、次の日辛いの壱依だって分かってるんだけど、どうしても抑えられなくって…」


 色々な教室から先生の声が聞こえるほどに廊下は静まり返っていて、ぽつりぽつりと俺だけに聞こえる音量で喋っているのだけど、俺がそっぽ向いてるから汰一の独白みたいになっていた。


「身体辛くても頑張って朝起きてくれてるのに、全部壱依のせいって喧嘩して…あんなこと言って、デリカシーなかったよね」
「……はぁ、もういいって、俺も止めきれなかった訳だし、男にデリカシーも何もねえよ」


 実際は、あんなこと言われて俺の男としてのプライドが若干傷つけられた訳だけど、それでも汰一の気持ちが全く分からんでもないし、俺のせいってとこもあるだろうし、こんなくだらないことで腹立ててもしょうがない。喧嘩ならもっとくだらない奴がいい。これは痴話喧嘩ってやつだろ。犬も食わねえよ。

 お察しだとは思うが、俺たちの関係は友情を超えている。誰も知らない、俺らだけの秘密だが。


「壱依、一回バケツ置いて」
「なに」


 言われた通りにバケツを置くとすぐさま荒く、それでも音のならないように壁に押し付けられ汰一に迫られた。


「えっ…ちょっ、おい…!」
「しっー」


 目の前の汰一はいたずらっ子のように、それでも妖艶に笑い、俺にキスをしてきた。


「ちょ……んっ、はぁ…ぁ、っ…」
「はあ…いちいっ、」


 身長の高い汰一は俺に覆いかぶさるようにして口付けてくる。汰一の片方の手は俺の片手を掬って壁に縫いとめられ、片方の手は俺の首裏に回って俺の顔を上向きに固定して離れることを許さないようだった。
 汰一の舌はぬるりと俺の咥内に侵入し、舌を絡め歯列をなぞり頬の内側を舐める。少し口を離したかと思えば息を吸ってまた口付けられる。唾液がこちらに流れてくる。零さないように飲み込むのだけれどどんどんと溢れ、そうすると汰一が逆に唾液を啜った。俺はただされるがまま汰一にしがみついていた。

 そっと唇を離すと唾液の糸が卑猥に繋がり光できらめきながら切れた。それをまじまじと見てしまい顔が熱くなる。汰一はそれをふっと笑い、それすらも惜しいと言ったように俺の唇を舐め、下唇を甘噛みしてきた。

 1mmでも動いたら唇が触れそうな距離。お互いの熱の篭った息が掛かる。


「はぁっ…はぁ、ばかじゃねーのっこんなとこで…っ」
「ん…ごめんね、」


 汰一の目元は熱と興奮で赤く染まっていた。俺も同じような顔をしているのだと思うと、ぞくりと身体が震えた。


「壱依、めっちゃえろい顔してる…」
「っ、それはこっちのセリフだ馬鹿」


 ムカつくし腹立つしめんどくせえとも思うけど、俺はこいつがめっちゃ好き。なんでか分からないけど、ずっと一緒にいたいと思う。


「かわいい…壱依、好きだ」
「うるさいっ…馬鹿汰一、俺の方が好きだっつの…」
「はは…みんなに俺ら壱一コンビがデきてるってバレたらどうなるかな」
「こんなとこ見られたら一発だな」


 たまに言われることがある。「あんなに仲悪いなら一緒に行動するのやめたらいいのに」だとか、「仲がいいのか悪いのか、分からない」だとか。まぁまさしく”喧嘩するほど仲が良い”ってやつなんだろうけど。俺は汰一とくだらない事で口論するのが好きだし、隣に立つのも好きだし、汰一と一緒の空間にいることが好きだ。普通に汰一の人柄が一番好きなんだけど。

 こんなこと汰一言うと必ず調子に乗るか馬鹿にされるか、あるいは発情されるかのどれかなので絶対に言わないが、つまり俺は、奴にベタ惚れで、壱一コンビと呼ばれるのも実は、嫌いじゃない。





おわり。





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