伝う届かぬこの恋に




「好きなんだ、あんたが」

夏野の目があまりに真っ直ぐ自分を見つめていて、徹は咄嗟に視線を逸らした。

「好き、って、その――」
「徹ちゃんが律子さんを好きなのは知っている。近々告白するつもりだってことも。だから、俺と付き合って欲しいなんて言うつもりはない。ただ伝えておきたかった」
徹に言葉を続けさせず、きっぱりと言った夏野に気圧される。
まるで想像していなかった。夏野が自分にそのような感情を抱いていることなど。
外場のバス停に夕暮れの風が吹く。免許を取り終わり高校を卒業すれば、徹がここを利用することはなくなるだろう。
残り少ない通学時間を肌で感じながら、心は律子とのドライブを想像し浮かれていた。そんなところに夏野から思いも寄らぬことを告げられ、徹は混乱した。

そういえばここのところ、やたらと夏野と帰りの時間が重なっていたと気が付く。
外場へ向かうバスの数は少なく、決して不自然なことではないから意識を向けたことはなかったが、以前の夏野は補修や自主的な居残りで徹よりも遅く帰ることが多かったはずだ。
一度、勉強はいいのかと聞いたことがあった。夏野はどこか哀切な顔で微笑み、いいんだ、と言った。
何も考えずにふうん、と相槌を打ち、その話は終わった。
だが今にして思えば、それは徹が卒業するまでの時間を少しでも共に過ごしたいという意志の表れではなかったか。
夏野が村を出るために最も力を注いでいた勉強を切り捨てたのは、もしかするとこのまま村に残り徹の側にいたいという感情の表れではなかったか。
しかし、だとしても夏野は男だ。そして徹も。自分を好きだと言う夏野の心情を理解することは、徹にはできなかった。

沈黙が落ちる前に、徹は口を開いた。
「夏野が俺と親しくしてくれるのは嬉しい。だが、それは恋愛感情とは違うだろう。お前は村で唯一親しくなったのが俺だから勘違いしているんだ」
夏野の目が僅かに陰る。
「そうか――徹ちゃんはそう思うのか」
痛みを堪えるような表情をしながら、それでも夏野は少しだけ微笑んでみせた。
「そういうことだから、俺はドライブを誘うのには付いていけない。徹ちゃん一人で頑張ってくれ。悪いな」
そして夏野は、徹に背を向け一人歩き去った。
その背中に何か声をかけるべきだったのかもしれない。
しかし、夏野にかけるべき言葉など、徹は何も持たなかった。



軽快なラジオの音が車内を揺らしていた。
律子が座る助手席に気を向けながらも、目は前をしっかり見据える。適当な運転をして律子を呆れさせる訳にはいかない。
どうにか一人で律子をドライブに誘い、この週末、取りたての免許で街へ買い物に行く約束を取り付けた。
デート、と呼んでよいものか、まだ徹にはよく分からない。
だが、徹は心に決めていた。今日、必ず律子に告白をするのだと。
ちらりと頭をよぎった夏野の目を、慌てて頭から追い出す。
彼は、頑張れと言ったのだ。徹が夏野の告白を気に病む必要はない。

「徹君、最近夏野君とは遊んでないの?」
頭の中を見透かしたような律子の言葉に、びくりと徹は体を強ばらせた。
あの日から、夏野がそれとなく自分を避けていることには気づいていた。
普段通りに接しているようで、ほんの少しだけ距離を取る。
目線を向ければふいとかわされる。
ふざけて抱き寄せようとすればぱしりと腕を払いのけられる。
帰りのバスの時間も、気付けば重ならなくなっていた。
告白を受けた後、夏野の目の色はまるで違って見えた。
冷たく徹をあしらい、自ら離れようとする言動の奥で、好きだ、好きだと瞳が叫んでいた。
その感情はばかみたいに真っ直ぐで、夏野の気持ちからあんな言葉で逃げた自分を徹は悔いた。
――しかし、徹に何ができると言うのだろう。
夏野は可愛い奴だ。だが、それは弟の保に向けるのに限りなく近い親慕の情だった。
情は恋ではない。そして徹の恋は律子に向いている。

「徹君――?」
「ごめんごめん、運転に集中しすぎてた。夏野だって、いつも俺と遊んでる訳じゃないよ。あいつもいずれ村を出るために、勉強が忙しいんだろう」
適当に繕った言葉に胸が痛んだ。一度は勉強を捨ててまで、夏野は徹と時間を過ごすことを選んでいたと言うのに。また、自分は夏野の告白を心無く踏みにじる。
律子が少し寂しそうな顔をした。
「そうなの?夏野君、本当に都会に帰りたいのかな。徹君といる時は楽しそうだし、なんだかんだ言ってこの村にいてくれるような気がしてたのに。外場のこと、好きになってくれたのかなって」
違うんだ、律ちゃん。あいつが好きなのは、外場じゃなくて俺なんだ――。
当然、そんなことは言えるはずもなかった。
焦がれていた女性が隣にいるのに、心はもやりと鈍色に染まる。
伝えるはずだった告白の言葉は、最後まで口から出なかった。











back
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -