映画




ところどころ舗装が剥げた外場の村道を、かたかたと音を立てながら車が走る。前後を見ても車の影はおろか人の影さえろくに見えない、よく言えば長閑なその道。がら空きで一直線にその伸びるその道は、もっとスピードを出してもなんら問題はない。しかし車は安全運転過ぎるほどにゆったりと進んでいく。それは運転手が今だ仮運転免許のせいか、はたまた外場に流れるゆったりとした空気が自然とそうさせるのか。

「徹ちゃん、車に見えるこいつはスクーターか何かか?」
「失礼だな夏野、安全運転に越したことはないだろう」
「こんなところで事故ったって、せいぜい田んぼに突っ込んで脱輪するぐらいだろ」
「俺仮免だからそういう面倒ごと起こすとマズいんだって」
「なら俺をまず乗せてる時点でアウトだろ」

そう言って飛んできたデコピンに、運転手はあでっと言ってしゅんとした。
車は変わらず、かたかたとゆっくり進む。



映画を観に行こう。そう誘ったのは徹だった。
普段徹の部屋でごろごろするぐらいしか休日の楽しみ方を夏野は知らない。若者が遊ぶようなところが一つもない外場村だ。徹の部屋は居心地がいいが、時には違うこともしてみたいと思うことも事実で。夏野は二つ返事して誘いに乗ることに決めた。
しかし、外場村には勿論映画館なんてものはない。必然的に村の外に出向くことになるが、その手段としてはバスか車かしかない。そこで折角だから車で行こうと、徹は仮免にも関わらず無免許の夏野を小さな乗用車に詰め込んだのだった。

そして、今に至る。



夏野は大きく窓を開けて、その窓枠に腕を組むようにしたところに顎を乗せて外を見ている。長めに伸ばした髪が、風に揺れる。ゆっくりながらもある程度の風力を感じるので、この暑さの中では気持ちよかった(ちなみに冷房は壊れているとのことだった)。

「気持ちいかー?」
「んー…」
「…眠いのかー?」
「…んー…」
「うおいっ!おまえさては、また勉強で夜更かししてたな?」
「……ん…」

どんどんと気だるげに小さくなる声に徹は小さく苦笑した。見ればいつもは大きい目が、今や閉じんばかりに細くなっている。瞬きも多いし、本格的に寝入ってしまいそうだ。自分よりも二つも後に生まれたこの存在は、いつも徹よりもずっと先を見据えている。口癖のようにこの村を出たいという夏野の言葉を再生して、若干の切なさに胸の奥が小さく軋んだ。
本格的に目を瞑ってしまった夏野を見て、徹はくしゃりと愛しげにその髪を撫でた。





映画館のある隣町には、その後10分程度で辿り着いた。寝ている夏野を起こすのも忍びなかったので、映画館の駐車場に車を停め、一人で映画のチケットと上映時間を確かめにいく。
外場村よりも栄えている町だが、やはり田舎は田舎なので映画館は小さい。古びたドアを開けて中に入れば、休日だけにちらほらと人がいる。
夏野の見たがっていた映画のチケットはまだあるだろうかとカウンター後ろの手書きの上映板を見れば、残席少とこれまた手書きの札が掛かっていた。慌てて二枚買えるかとカウンターの女性に尋ねると、柔和な笑顔でチケットを手渡される。良かったと安堵しながら財布を開いてチケットを買った。これで夏野に怒られないで済むな、とチケットをしまっていると、視界の端で札がひっくり返されるのを捉える。残席少、と書かれていた札は、満席の札に変わっていた。危なかった。
この町でもやはり遊ぶところは限られるので、必然的に映画館に足を運ぶ人が多いのだろう。あと20分程度で始まる上映時間を確認すると、胸を撫で下ろしながら徹は車へと向かった。


「お、夏野起きたか」
「…ん」

車の窓から覗き込めば、先ほどと違ってしっかりと見開かれた目と目が合う。しかし夏野らしくない返答の仕方にまだ寝惚けているのだろうかと首を捻る。そんな徹を見て、夏野は眉間に皺を寄せて溜息を吐いた。まだつけていたシートベルトを外して、窓を上げてから車を降りる。
自分が何か失態をしたかと内心唸りながらエンジンを切ると、後ろからTシャツの裾を引かれる。見れば相変わらず仏頂面の夏野だが、なんとなく、いつもと違うような。…ちょっと拗ねている?

「目、覚めたら徹ちゃんいなかったから、その、びっくりしたっていうか…どっか行く時は起こせよ」
「…なつの」
「――名前で呼ぶなって言ってんだろ!って、あんた何でにやにやしてんだ…っ」

夏野は素直じゃない。しかし、こういう時に言外に込められた意味を読み取れば、いじらしくて可愛い言葉だったりすることが多いことを徹は理解している。つまりは、起きたら一人で驚いたと同時置いていかれたと思い寂しさを感じていたのだ。
起きた時の夏野の表情を想像して自然と顔が緩む。可愛い恋人の言動にこうなるのは、男として仕方のないことだろう。思わず人目も憚らず抱きしめようとした。

「あんた、何か勝手に勘違いしてないか」

氷のような一蹴と共に腹に叩き込まれた一撃に思わず涙が零れそうになる。その顔はまるでゴミを見るようなそれで、容赦の欠片もなかった。
徹は夏野のことを理解している。理解してい…る?








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