じゃんけん




長期休暇が迫るある初夏の日のこと。長く日が空くからと学校に置いてある荷物を持って帰らなければならなくなった。大多数の生徒はそんなことはすっかり頭から抜けていたので、持ち帰る荷物がいっぺんに増えてしまった。それは徹も、しっかりしているように見える夏野も同じであった。
本来持ってこなければいけない教科書の類が通学かばんにみっちりと。ロッカーに詰め込んでいた体育館履きやジャージの類。置き勉をしていた生徒は涙ながらに机の中のもの全て(徹は見事に当てはまった)。そして爽やかな笑顔と共に教師が持ち寄った、“夏季休暇中課題”と大きなゴシック体で書かれた重量感溢れる冊子。多くの生徒が悲鳴をあげながら、引き摺るように校舎を出て行った。



「…い、一時間待ち、かよ…」

茹だるような暑さの中、徹と夏野は愕然としながらバス停の前で立ち尽くした。徹の溢れかえった荷物をああでもないこうでもないと無理やり鞄に突っ込むことに格闘すること数十分。見事に丁度いいバスを逃してしまった。外場ほどではないとは言え、田舎は田舎。バスの本数はかなり限られている。
じろりと恨むような目線を徹に投げかければ、この現状を作った当の張本人は参った参っただなんてへらりと笑っている。

「徹ちゃん、バスずっと来ないけど」
「おー次のとこまで歩くか」
「この暑い中?この荷物持って?」
「でもこのままここにいても暑いままだろう。歩いてる方が気が紛れそうじゃないか?」

な!と笑顔で言われては、その笑顔に実はものすごく弱い夏野はたじろいでしまう。こうやって笑顔で言われてしまうと、どうしても徹のペースに押されてしまう。初めて徹に出会ってパンクを直してもらった時と同じように。夏野が弱いのを徹が分かってやっているのかどうかは定かではないが、いつもこういうパターンで上手く持ち込まれている気がする。本日も然り、だ。


* * *


数分歩いたところでやはり夏野は後悔していた。午前授業だったので今は昼時。一番暑い時間帯な上、つまりは太陽は真上で燦々と輝いている。そのせいで木陰もできていない。気なんて紛れるわけはなかった。

荒い息を吐きながら歩く夏野を見て、徹は困ったように内心溜息を吐いた。夏野が何を考えているのか手に取るように分かる。自分もまさかここまで荷物との相乗効果で辛いとは思っていなかった。その上夏野は自分よりずっと矮躯だ。殊更この状態は辛いだろう。荷物を担ぎ上げた腕が、心なしか震えているようにも見える。
徹の方が荷物はずっと多いわけだが、何しろ体格も体力も違う。夏野よりも確実に重い荷物を持っているが、まだ余裕があるにはある。夏野の荷物を持ってやることもできるだろうが、素直に持ってやるだなんて言ってもプライドの高い夏野が断るのは目に見えていた。
さてどうしたものかと思案した先、昔保や正雄とやっていた遊びを思い出す。夏野が乗ってくるかどうかは分からないが、率直に言うよりはずっと上手くいくだろう。

「なぁ夏野、じゃんけんで負けたやつが交代で荷物持ちしねぇ?」
「…は?やだよそんな子供みたいな」

唐突にそう告げれば、予想通り怪訝な顔をする夏野。その額から、こめかみから、汗が滴っている。
最初から突っぱねられることは予想済みだったので、別段それは気にしない。一年を経て随分徹は夏野の扱いを心得ていた。否定的な夏野だが、徹の強い押しには折れてしまう。意外と押しに弱いところは、徹が一年間かけて見出した夏野の弱点だった。

「いいからいいから!ほら出さなきゃ負けよーじゃーんけーん」
「…ほい」
「わ、俺かよ!」
「はは、言い出しっぺのくせに」

じゃあこれ本当に徹ちゃんが持てよ、と容赦なく渡された夏野の荷物。こうするべく勝負を吹っ掛けたのだが、予想以上に重くて一瞬息が詰まる。それでも、やっぱり止めようだなんて言われても計画倒れになってしまうし、ここは“漢”徹、我慢である。
ここでじゃんけんに勝ってしまっても計画倒れだったのだが、予想通り夏野はパーを出して俺はグー。この暑さと荷物の重さ、その条件から出しやすいのは必然的に出しやすいパーか力の入ったグー。ここでチョキを出すのは捻くれ者だから、グーを出していれば勝てないという算段。何度も昔勝負をして培った技術だ―――なんて尤もらしく思っていたが、実際内心は結構緊張していたのだけれど。何にせよこれで夏野の負担が減ったわけだ。結果オーライ。
横を歩く随分と楽になった顔付きの夏野を見て、重い荷物を持っているにも関わらず身が軽くなった気持ちになった。


* * *


「―――なぁ、徹ちゃん、いつじゃんけんするの」

夏野の荷物を持ってから結構な距離を歩いた。最初は気分良く歩いていた夏野が、どんどんと心配の色を滲ませた表情になる。心なしか申し訳なさそうに徹のシャツを引いて下から見上げてくる顔がらしくなくて、嬉しさに思わず破顔しそうになる。勿論笑ってしまえば夏野が機嫌が悪くなるのは簡単に予想できるので、内心で。

「んん〜次のバス停までかね」
「え、それ殆どじゃ――」
「おおーい徹ちゃーんっ!!!…っと、げ、夏野!?」
「お、正雄じゃん」

夏野が言いかけた言葉を、徹を呼ぶ甲高い声とばたばたとした足音が遮る。騒がしい音を立てて学校の方から走ってきたのは、村迫正雄だった。最初は花でも舞っているのかというほど浮いたオーラを撒き散らしていた正雄だが、徹の横にいるのが毛嫌いしている夏野だと分かるとあからさまに顔をしかめる。夏野も夏野で先ほどの表情は身を潜め、いつもの冷たさすら感じられる面持ちになった。

「おい夏野ぉ、おまえなんで徹ちゃんにおまえの分まで荷物運ばせてんだよ。挙句おまえは手ぶらとか何様のつもりだ!?」
「いや、正雄これはだな、」

早速夏野に突っかかる正雄に慌てる。夏野と正雄は相性が悪過ぎるし、もし夏野がばっさりと切り捨てるようなことを言えば正雄は逆上するだろうし。
自分が招いた現状だ、どうにかしないとと焦って口を開いたところを、やんわりと夏野に制される。驚いて夏野の顔を見れば、心なしか笑ったような顔をしていて。

「…じゃんけんで荷物持ち決めたんだよ。人数増えたことだし、ほらあんたもじゃんけん」
「ぽんっっ!ってこんな奴に乗せられてたまるかぁぁ!!…って」
「あ、正雄一人負けー」

徹と夏野がパーで正雄がグー。思わず乗せられた正雄は力が入っていたのかもしれない。正雄は見事に一人負けだった。
この結果に、夏野が考えていたことが読めて恐る恐る顔を上げれば、夏野はうっすらと したり顔をしていた。今日一番に楽しそうなのは気のせいじゃないだろう。夏野よ、仮にも正雄は年上、なんだけどな…

「そそそそんなの知らねぇよ!夏野が勝手に乗せてきただけで俺はやるなんて言ってないからなっ!」
「ふーん…じゃあやっぱり徹ちゃんにこのまま運んでもらうかな」
「あはは、夏野手厳しーなー」

取ってつけたかのような白々しい台詞に、知らなかった夏野の一面を見た気がして肝が冷えた。しかしこれで夏野の機嫌が悪くならないならいいかと思ってしまうあたり、自分も大分夏野に甘いものだと思う。心の中で正雄に合掌した。

「うぐっ…で、でも徹ちゃん重いよなー?やっぱりここは俺が代わらないと…だよなー?お、俺が持つよ徹ちゃん…!」
「わ、まじか。ありがとうなー正雄、助かるわー」

もう少しだから、な?と、そう正雄の顔を覗きこんでへらりと笑う。ぽっと赤くなる正雄の頬。
今にもオーバーフローしそうなほど詰め込まれた自分の荷物と、それよりはマシでも相当の重さを持った夏野の荷物を、決意した正雄の腕の中へと手渡す。
ぐえっという音が聞こえた気がしないでもないが、正雄を振り返る前に夏野に手を引かれた。見れば、悪戯が成功した子供のように小さく舌を突き出してくすりと笑う夏野。普段では絶対見れない姿に、思わずどきりとする。
悪いことをしたと思いつつ、正雄に感謝してしまったある初夏の日のこと。







「へへ徹ちゃんに褒められちゃった徹ちゃんは本当に格好いいなぁ大好きだっていうかこれめっちゃ重っっ夏野のやつこんな重いなんてあいつもしや運ばせるの前提でわざと重いやつばっかり持って帰ってきやがったなあのやろう捨ててやりたいでも徹ちゃんの荷物もあるしあんな笑顔もらっちゃったしここは俺ができるやつってところを見せ付けて徹ちゃんから夏野を奪ってやる……あれ、って徹ちゃん、徹ちゃん!?と、とと徹ちゃーん!!待ってよおいてかないでぶし」







燦々と照らす太陽の下、体育館履きが空を舞った





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