ある日の茶番




「なぁ夏野。おまえキスしたことある?」


ベッドに乗り上げて顔を覗きこむようにしてそう尋ねれば、ばさりと音を立てて夏野が持っていた雑誌がベッドに落ちる。
いきなり何言うんだあんた、と俺を押しのけながら、開く方を下にして落ちた雑誌を気にしたのか何なのか慌ててページを揃えて閉じる。
その雑誌を奪うように後ろに放り投げると、あっという声と共に睨みつけられる。

「いきなりバカなこと訊くな。邪魔」
「だって気になるだろぉ〜都会っ子の夏野はどうなんよ、そこんとこ」

お兄さん教えて欲しいなぁーなんてへらりと笑って小首を傾げれば、ぴきりと音がしそうなほどに夏野の顔が引きつるのが分かる。
夏野はこうやって子ども扱いされるのが嫌いだ。勿論分かっててやっている。

「どうでもいいだろっ!あんたに関係ない」
「関係なくないぞ」
「ないったら!」
「ある!」
「ない!」
「キスしたことは?」
「なぃ…っあるよっ!だからなんだよもう!」
「じゃあ、俺にしてみせてくれよ」

とうとう夏野が自棄になって激昂した。
こういう時の夏野は酷く単純だ。本人は自覚していないみたいだけれど、普段では考えられないほど簡単に口車に乗せられる。
今だってほら、普段なら無表情に何言ってんの?の一言で一笑に伏されるところが、目の前の夏野は顔を真っ赤にしてこっちを睨みつけている。
その顔が可愛いなぁだなんて内心にやけていれば、不意にTシャツの胸元を掴まれる。
そのままそっと触れるように唇と唇が合わさった。少し位置がずれている上に、キスというには軽すぎるそれに思わず破顔する。
俺の様子に驚いた夏野が身じろいだところを、逃がすまいと抱きしめた。
ああもう!ああもう!ああもう!

「だ――っ!!夏野っおまえ可愛すぎるぞっ!可愛すぎるうううう」

ぎゅううううと音がするほどに抱きしめて、その小さな肩口に頬ずりする。
人見知りの夏野がキスしたことがないであろうことも、さっき見ていた雑誌のページにキスする時のテクニックが書かれていたことも本当は全部知っていた!知っている上でこんな駆け引きのような茶番を演じて見せたが予想以上の収穫と想像以上の夏野の可愛さに俺の脳味噌は破裂寸前だったありがとう神様!こんな可愛い生き物を生んでくれてどうもありがとう俺は今まで生きてきた上でこんな可愛い生き物を見たことがない感謝しても感謝し切れないこれは神棚を作って毎日いのむぐぐぐぐぐなにおするなつの



「徹ちゃん…気持ち悪い」



本日一番の笑顔は凍てつくようなそれだった。






それから一週間、夏野は俺のことを視界の端にも入れてくれませんでした






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