依存症
微えろ注意




兄貴が死んだ。

最初は全く信じられなかったが、葬儀も終わり身の回りが片付いていくと、どんどんと徹のいない日常に体が順応していくのが分かった。
徹がいなくても回っていく世界。現状は理解しているし、体も順応していっている。でもどこか、心にぽっかり穴が空いたままだ。徹がまたひょっこり顔を出すんじゃないかと思ってしまう。
その想いを強くする理由は、徹がいなくなっても何一つ変わらないままにしてある部屋と、

「お邪魔します」

相変わらずこの家の敷居を跨ぐこいつのせいだ。



徹が生きていた時、夏野は週の半分ぐらいは我が家を訪れていた。
葵も俺も夏野とは仲がよかったが、徹ほどではない。何せ夏野は家に来たら殆どの時間を徹の部屋で過ごしていたからだ。食時の時に喋るとはいえ、やはり徹には敵わない。なのに、夏野は徹がいなくなった今も我が家に訪れる。
別に夏野のことは好きだから構わないのだが、どういう心境で訪れているのかは気になった。以前は勉強が捗るやらよく眠れるからという理由だったが、今はどうなのだろう。
夏野は徹のいなくなった部屋には殆ど足を踏み入れていない。最近は俺と葵がよくテレビを見ているリビングにずっと一緒にいる。寝る時は俺の部屋で寝る。
さも当然というように振る舞う夏野だが、実際のところどう思っているのだろう。
無表情な夏野の表情から窺うことは難しいし、かと言って不躾にそんなことを訊くのも憚られた。

そんなことを風呂場でうつらうつらと考えて、頭を拭きながらドアを開けると廊下の先に見知った顔がいた。
夏野は音を立てた俺の方を見向きもせず、じっと階段の先を見上げている。俺の部屋は一階にあるので、必然的に何を見上げているかなんて判断がつく。徹の部屋だ。

「よぉ、どうしたよ夏野」

微動だにしない夏野の肩を叩いて声を掛ければ、びくりと震えてこっちを見た。その顔は薄暗い中でも分かるほど、どこか不安げで。
その夏野らしくない表情に戸惑っていると、不意に強く手を引かれる。そのまま階段を登っていく夏野を制止しようとするが、ぐいぐいと問答無用で引いてくるらしくない態度に、仕方ないと溜息を吐きながら付き従った。


暗転。
一瞬何が起こったか分からなかったが、鼻腔を擽るベッドに残った徹の匂いと、見上げた先の夏野の顔に、ああベッドに押し倒されたのだと気付く。
しかし気付いたところでどうして自分がこういう状態なのかは理解が出来ず、混乱する。何するんだと言おうとした言葉は、降ってきた言葉と熱に覆われた。

「とおる、ちゃん」

葬儀の時にすら見せなかった涙が、幾筋も夏野の頬を伝っていた。窓から差し込む弱弱しい街灯と月明かりが、光のない部屋でもその情景をしっかりと俺の目に焼き付ける。
純粋に、綺麗だと思った。






「あ、あぅあ…っや、ぁっ」

自分の体の上で、慣れない熱がうねる。何度も泣きながら呼ばれる自分と違う名前に、思わず自分が誰かと倒錯しそうになる。

「ん、んっ徹ちゃ、き、すきっとおるちゃ、あ…っ」

肩口に埋められた小さな頭を抱きしめた。自分の腕の中にすっぽりと納まってしまうほど、小さくて華奢なそれに驚いた。
ずっと夏野は一人で生きていけるほど強い存在だと思っていた。徹がいなくなった後も、それは変わらないと。
しかし目の前の存在はこんなにも脆弱だ。
ずっと徹がいたから気付かなかったのだろう。夏野を支えていたものの主要な部分に、恐らく徹がいたのだ。ずっと一人でなど生きられていなかったんだ。

「とおるちゃん…」

涙の膜がいっぱいに張られたその大きな瞳に、自分の姿が映っている。
きっと、徹が死んでからもこの家を訪れていた夏野の目には、この自分の姿が徹に変換されていたのだろう。今夏野の瞳に映っているのは、保ではない。徹だ。
ここで俺が拒絶をすれば、この可哀想な生き物はきっと壊れてしまうのだろう。
ならば俺は、


「好きだぞ、夏野」









君のために“徹”になろう




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