電車




「海へ行こう夏野!海はいいぞー海は!夏に海に行かないなんて男の名が廃る!」




よく分からない理由で折角の休日の早朝から徹に駆り出され、仮免だから遠出は無理だと村の外に出るバスに投げ込まれ、1時間揺られた挙句辿り着いた無人駅で長々と待たされ、ようやくローカル線に乗り込んだ時には夏野はもうすっかりくたくたになっていた。
ローカル線らしく人もまばらにしか座っていない車両に、意識せずとも溜息がこぼれた。こんなに時間をかけても、どこまでも田舎だ。
閉鎖的な外場村が嫌いで、いつも国道の果てを臨んでいるが、こうやって改めて交通手段を用いて外に出ると、自分がどれだけ都会と離れた場所に放り込まれたのか痛感する。
そんな夏野の心境を知ってか知らずか、顔を覗き込んできた徹に苦笑される。


「すまんなー夏野。あと一時間ぐらいかかるわ」
「…まじかよ」


外場を出てからどれぐらいの時間が経ったのだろう。気だるくて腕時計を見る気にもならないが、家を出た時よりも随分と高い位置に昇った太陽が時計を見ずとも過ぎた時間を示唆しているように見えた。
電車内は端に座っている老夫婦の会話がぼそぼそと聞こえるぐらいで、静かだ。ただ遠くから聞こえる蝉の音が、車内をしんとは静まらせない。妙に温和な空気が流れている気がする。
ふと今更ながら気になって、夏野は横の徹に尋ねた。



「ねぇ、なんで俺だけなんだ?」



そんな夏野の言葉に、ほえ、と徹は目を瞬かせる。
まるで何を言われているか分からないといいような、というか分かっていないのであろう徹の態度にじれったくなって、夏野は少し眉をひそめた。

「…海なら葵も保も…正雄とかも徹ちゃんが誘うなら喜んだんじゃないの」

徹は自分と違って人に好かれている。勿論今言った面子だけじゃなく、他にも徹が誘えば来る人は多いだろう。それに夏野の認識の中では、男連中で海というのは大勢で行って騒ぐもの、であった。
勿論自分が大勢というか団体行動を嫌うということは徹も知っているだろうし、それなりの配慮かもしれない。しかし、それならば自分を誘わずもっと喜ぶような連中と行けばよかったのではないかと思ってしまう。
そう考える夏野をよそに、徹は先ほどの表情と変わらず、やはり不思議そうな顔をしたまま。



「…いや、俺は夏野とだから海に行きたかったんだぞ?」



もしかして俺と二人じゃ嫌だったか?なんて見当違いのことを言う徹に、思わず顔が熱くなった。そうだ、いつも徹はこうなのだ。こういう何気ない言葉が自分を揺さぶってたまらないのだと、思わず赤くなっているであろう顔を徹の肩口に埋めて隠した。

「わ、なんだ夏野、照れたのか?」
「―――ッ俺寝るから!駅着いたら起こして!」

からかうような徹の言葉を無視して、そのまま強く目を瞑る。そうだ、早朝から起こされて疲れているから、徹の言葉にこんなにも動揺している。全て徹のせいだ。
そう思うことにして、心地の良い揺れと遠い蝉の音を感じながらまどろんだ。
遠くなる意識の中、髪を撫でる熱が何よりも心地良かった。






「おやすみ、夏野」














「…ん、徹ちゃん起きろ!終点だって!」
「………!?」
「なんでアンタまで寝てるんだよ!寝過ごした…!」








そりゃ君が幸せそうに寝てるから!






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