幸せな夢を見た。
徹ちゃんが寝ている俺の頭を撫でて、いつもよりも幾分か甘さを含んだ笑みで、「好きだ、夏野」なんて言う愚かな夢。でも幸せな夢。





「、寝て、た」

むくりと起き上がってみれば、風景は寝る前と寸分変わらなかった。変わったと言えば、時計の針が寝る前と比べて二周りほど進んでいることと、徹がやっているゲームのステージが変わっているぐらいだった。意識が眠気に白む前から聞こえていたゲーム特有の電子音は、相も変らず軽快な音をたてている。
この部屋は、このベッドは寝心地がいい。普通ならば自室のベッドが一番安心するはずなのだが、この空間は夏野にとって特殊だった。自分のにおいが染みついたベッドよりも、他人である徹のにおいに包まれるこのベッドが心地よい。その理由は、先ほど見ていた夢が如実に語っているようだった。いつからだろう。きっかけなんて思いだせないほど自然に、夏野の中に生まれた感情。
ちらりと徹を横目で見てみると、視線を感じたのかこちらを振り返った。まさかこっちを向くとは思っていなかったので内心驚いて目を細めた夏野を視界に留め、おー起きたかぁーだなんて呑気に笑う。風景と同じく、こちらも笑ってしまうほどにいつも通り。やはり夢は夢でしかないのだ。
そもそも徹が例の看護婦――律子に惚れているのは知っていたし、望みがないのは百も承知だった。分かっているからこそ、高望みはしていない。徹に好きな人間がいようがいまいが、そもそも自分は男なのだ。この気持ちは墓まで持っていくつもりでいる。
だからこそあんな夢は見たくなかった。やはり好きなものは好きなので、あんな徹と甘い顔と言葉を見れば一時は幸せだ。人間は愚かだ。夢ででも望んだ言葉が手に入れば、あわよくば、なんて期待を多かれ少なかれしてしまう。しかし起きてみればこの通り。現実は呆気ないほどに変化なく存在している。ならば愚かしい夢なんか最初から見せるなと夏野は自分自身を叱咤したくなった。

「どうした、夢見でも悪かったのか?微妙な顔して」
「…微妙な顔ってなんだよ…」

己への呵責とへらへらと笑う徹とのギャップに思わず頭を叩きたくなったが、どう考えても八つ当たりなその行為への衝動は腹の上で拳を作るまでに押し止めた。夢なんていう架空世界での話を持ち出して八つ当たりしても、理不尽なだけだ。徹は夏野が見ている夢を知る由もないというのに。

「悪かったわけじゃないけど、変な夢見て」
「夢ー?どんな?」


「…徹ちゃんが俺の頭撫でて、好きとか言う夢」


愚かな夢ならば敢えて笑い話にしてしまえばいい。当人に冗談、と笑われれば淡いなりに生まれたこのくだらない期待もかき消えるだろう。徹がこの言葉に冗談を言って返す姿など、簡単過ぎるほどにすぐ想像がつく。
だから突然徹の手元から発せられた音に夏野はびっくりして顔を上げた。笑うだろ、と呟こうとした言葉は、徹がコントローラーを落としたその音に飲み込まれてしまった。いつも通りの徹なら、夏野は俺が好きだなぁ、なんて笑いながらあっけらかんと冗談の一つでも返してくると思っていた。それこそいつも通りの表情で、何事もなかったかのように、柔和に、時ににやりと悪戯そうに笑いながら。


「え、…あ」

それが何故か、そこには赤面して夏野を見る徹の姿があった。いつもは眠たそうにしている目が、開ききっている。それこそ、信じられないものを見ているかのような。コントローラーを落とした手もそのままに、固まったまま。そんな徹らしからぬ態度に夏野も困惑して、少し目が泳ぐ。

「…なんかごめん、ただの夢のはな
「な、夏野、お前もしかして起きてた、のか?」
…し、だから…、え?」

徹の態度にまさか気持ち悪がられたのかと慌てて謝罪しようとすれば、それは徹自身の言葉によって遮られた。決して大きくも小さくもない。でも確実に夏野の耳に届いたその言葉。
徹の言葉を理解するまでに、夏野が要した時間は8秒。それまで、妙に顔を赤らめた男二人が見つめ合い、夏野が荷物を持って走り去ることによって均衡は崩れた。

真っ白になった頭を抱え、夏野は靴を履くのもままならぬまま武藤家を飛び出した。後ろには葵が驚いて夏野を呼ぶ声が聞こえたが、立ち止まるには先ほどの衝撃は大きすぎた。
自分がここまでテンパるなんて、夏野自身知らなかった。人生今までにないほどに混乱した頭を抱えながら、ろくに街灯もない路地を疾走する。先ほどの徹の言葉と赤くなった顔を思い出しながら、丸めた拳を強く握りこんだ。




( 夢は夢だ、それ以上でも以下でもない。あれは夢だ。あれは夢だ! )




そう自分に言い聞かせて走る夏野を裏切るかのように、うだるような暑さと周囲の家からこぼれる呑気な会話が、これが現実なのだと夏野に言い聞かせているようだった。






夢ならばこの辺りで醒めてもいいだろう!?






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