俺はどちらかと言うと犬派だった。



犬派から猫派に変わった日



「茂人!これからカラオケ行かないかー?」
「ごめん夏彦、今日は急いでるんだ、じゃあ明日!」
「っちょ、おい!」

今日も7時間の授業が終わり、特売品の鶏肉狙いでアパートから少し離れたスーパーに向かい、お一人様1点限りの鶏肉を主婦の長蛇の列に2度も並び2点ゲットし、食料品のたっぷり入ったエコバッグを自転車のかごに入れて秋風に吹かれよろよろと走り…そう、特別変わりもなくいつも通りに帰宅しただけだった。

アパートに着き、床にエコバッグを置いて鞄から鍵を取り出し、差し込んだ。…あれ、今開けたのに開いてない…もしかして俺鍵かけ忘れていたのか…?物騒な、泥棒にでも入られたらどうするんだ…なんて自分自身に呆れつつ室内に入った。
室内に居たのは泥棒なんかよりももっとタチの悪いものだったかもしれない。

「何だ…?」

手洗いとうがいを済ませて食材を冷蔵庫に入れて、居間の襖を開けた。そこで目の前のコタツから覗いていたのは、ゆらゆらと動く黒い…長い……尻尾?猫でも入り込んだのかと思い、特に深くは考えずコタツに近付き、めくり上げた。

「………え、」

めくったコタツの中にいたのは、猫なんかじゃなく、人の身体、いや違う、短パンから尻尾が覗いて…コスプレ?いや、尻尾は動いている。"本物そっくり"だ。
俺は目の前にある予想外の出来事にすっかり驚いて硬直してしまっていた。
視界に入っていた尻尾がゆらり、と揺れ、ふと我にかえる。恐る恐る顔を上げ、こたつの反対側を見る。

「だ、誰だ……」

そこに居たのは、全く見たこともない知らない少年だった。反対側を向いているから顔は見えないが、跳ねた赤髪の少年…いや、人じゃないかもしれない。赤髪から耳が覗いているんだ…耳じゃなくて"猫の"耳が、か。
寝ている中でも俺の声にぴくりと反応し…コスプレで付けているにしては妙にリアルだからきっと、本物だ。



…いや待て、これはどういう事なんだ…鍵を開けっ放しにしていたからこの少年は勝手に入って…いやいやいや、少年…いや少年だが、耳と尻尾があるし…何、一体何なんだ…?!ちょっと耳触って……う、動いた…!!!

全く、予想外だ。今何がどうなっているのかさっぱり理解出来ない。それどころか動いた耳に驚いて思いきり襖にぶつかってしまった。
落ち着け、落ち着け俺…

「ん、う…」
「!!!」

少年(仮)が小さく呻いた。俺が騒いだから起こしてしまったのか…じゃなくて!少年はんー…と身体を伸ばすと少し身体を起こして大きく欠伸をした、そして、目が合った。

「…おかえり」

少年は耳をピンと立てて、そう一言言うと笑って見せた。緩んだ口から白い八重歯が覗いて、俺を捕らえた金の丸い瞳が少しだけ輝いた。ちょっと(いや結構)、ドキッとした。
恐らく男だろうけれど、凄く、可愛らしかったのだ。

「…あんた名前、何て言うの?」
「え、し、茂人だ…」
「茂人。しげと…うん、ぴったりだ」
「…?何て?」
「いや、何でもねぇよ」

少年は脳に刻むかのように茂人、茂人…と何度か呟く。瞳や表情がコロコロと変わり、それに合わせて耳や尻尾が動くのを見て飽きないな、なんて思っていた。

「茂人、俺を飼えよ」

「…………はい?」
「猫は嫌いか?飼うなら犬より猫のが大人しくて楽だぜ?」



……展開についていけない




とりあえず少年を再び座らせホットミルクを飲ませて(凄く目を輝かせてる)落ち着いたところで、疑問点を聞いてみた。

まず、彼の名前は晴矢。彼は猫だ。
正確に言うと元猫…ある夜、空を見上げながら「人間になりてぇなぁ」なんて呟いてたら、背後が紫に光輝いて、不思議に思い振り向き気が付いたら人間だった…らしい。
そして朝になり、これからどうするか考えていた所目の前のアパートから俺が出てきて、扉が少し開いたままだったので寒いしこの家に入った…らしい。
(そういえば今朝は寝坊して急いでいたんだった。流石にこれは気を付けなければ…)

「で、この中が暖かかったから入って寝転がってたら、寝ちまった。」
「…うーん……」

そんな非科学的な事が本当にあるのか…?

とは言え、現に元猫の少年が目の前にいる。信じるも信じないも、目の前に存在しているんだ。
それに…この少年、晴矢が嘘をついているようには見えない。

「それで…いきなりこんな姿になっちまって、どうすりゃいいか分かんなくて」
「確かに猫耳の生えた人間だなんて、人目についたら大スクープだからな…」
「うん?ま…人間の事情はよく分かんねーけど、こんな姿だし困っててさ…だから、」




"俺を飼えよ、茂人"






(そんな いきなり何だ、とか 勝手すぎる、とか思ったけど、)

(猫もいいなと思った)
(ただ、それだけ)





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なんだこれ。