今思い返せば本当にくだらない、あんな事に腹を立てていただなんて。何か要因があった訳ではない、きっと どちらかが自覚もなく少し不機嫌で、そんな気分がまた片方に移ってしまって、同じ空間で共有して反発しあって大きな苛立ちになってしまったんだと思う。あの時、私も晴矢も酷く苛々していた。だから普段なら我慢出来た些細な事でも火種となってしまって、あんなにも大きな喧嘩になってしまったんだろう。お互い大声で唾を吐きちらすように怒鳴って、手が出て、脚が出て、引っ掻いて、突き飛ばして、叩いて、私が押し倒して、そして苛立ちに身を任せて、晴矢を 犯した。それはもう目茶苦茶に。晴矢は反抗しながら泣いていたと思う。そうして私はつい言ってしまったんだ。「どうして君みたいな奴と付き合ったのか わからないよ」そう言い放って、射精した。晴矢が何か言ったような気がしたが、よく聞こえなかった。


その後眠りについて夜が明けて、私は夢を見ていたような気分だったのだけれど、食堂ですれ違った晴矢が目を逸らして 私はやっと事の重大さに気がついた。私は晴矢に嫌われてしまったのだ。無理もない、喧嘩していたとはいえ、あんなに乱暴にしてしまったんだ。今更謝った所で許して貰えるはずがない。だって、事後に見たあの時の晴矢の表情は、かつて見たことがないほどの怒りと悲しみを帯びていたのだ。晴矢のあんな表情、今まで私は見たことがなかった。だからこそ、あぁ 終わったんだ私達は、そう思った。仕方がない、と私は言い聞かせるように何度も呟いたが、不思議と涙は出なかった。特別悲しいとは思わず落ち込むことはなかったけれど、ぽっかりと穴が開いたような気がして、そうしていつの間にか二週間が過ぎた。


ある日偶然居合わせたヒロトが、不意に私に言った。「風介、晴矢と喧嘩したでしょ」隠すような事ではないので、私は素直に肯定する。そうしたらヒロト一つ溜息を吐いて、何やってんの 早く仲直りしなよ、と。話を聞けば、あの日から晴矢は苛立ったように人に当たってみたり かと思えば口数を減らし部屋に篭ったり、要するに荒れて荒れて手がつけられないらしい。まだ私に対して怒っているのか、それも仕方がないのだろうけれど。私は、どうしようもなく申し訳ない気持ちで一杯になった。
正直、晴矢にどんな顔をして会えば良いのかわからなかった。でも私のせいでそれだけ荒れているのなら、どうにかしなくてはならない。あえてヒロトに事情を話すことはしないけれど、仲直りは出来ないにしろ、関係を終わらせるのならきちんと告げなくてはならないと思った。その方が、晴矢も気持ちの整理がつくのだろうと。




「別れよう、二週間 曖昧なままにしてすまなかった。今まで ありがとう」

翌日、私は晴矢の部屋を訪れた。二週間ぶりにみた彼の顔は、少しやつれたように見えた。ドアを開けて私を見た晴矢は少し驚いたような困ったような顔をして、眉を寄せて顔を背けた。「話がある、部屋に入れてくれないか」少し経って晴矢があぁ、と短い返事を返して、私は扉を閉める。そうして一息置いて、そう告げた。晴矢は私とは顔を合わせず、背中を向けて立っていた。

「もう顔も見たくないだろうけれど、君の為にも、ハッキリとさせておくべきだと思って、言いに来た」

晴矢は、何を考えているのだろうか。次の返事は、わかったと、承諾するのだろうか。私は何故だか返事を聞くのが恐ろしかった。大した時間が過ぎないうちに、晴矢が何か小さな声で静かに呟いた。彼を見れば握られた右手の拳がぎりりと音をたてそうなほど強く握られていて、私は、あぁ殴られる、そう確信した。

「ふっ、ざけんなっ!!!」

耳を打つような大きな声で晴矢が叫んだ。勢いよく振り向いた晴矢の拳が、綺麗に私の頬に打ち付けられる。ガツン、頬骨にぶつかって鈍い音を立てて、私の身体は衝撃のままに倒れた。頬が熱い。口の中に鉄の味が広がる。上から晴矢の荒い息が聞こえる。このまま、一発 二発殴られるだろう。そう思ったのに、晴矢が私に殴り掛かる事はなかった。


「なんで、っんなこと、言うんだよお」

次に聞こえたのは、先程の威勢の良い声とは違って、細々とした雨の様な、情けない声だった。見上げてみれば、晴矢は私を射るような眼差しで見つめたまま、その目いっぱいに涙を溜めていた。困惑。私には彼が何故泣いているのかが理解出来なかった。何が彼を悲しくさせているのかが。

「何故、君は泣いているんだ…」
「なぜって…、アンタ、っ」
「まだ気が済まないのなら…気が済むまで殴ってくれ、君には、酷い事をしてしまったから…君になら、殺されたって いい」
「っなんでそうなんだよっ…!!」

そう声を絞り出すと、いよいよ晴矢が泣き崩れた。容赦もなく膝から崩れる様を見て、あんなに強く打っては膝が痛むだろうと、サッカーに支障が出てしまうだろうと、何故かそんなことを考えてしまった。きっと、こんなにも泣いている晴矢をまともに見ていられなかったからだ。声を上げてわんわんと泣く姿は、まるで子供のようだった。いや、私達はまだ子供なんだ。だから私も、こんなにも悲しくなって涙が出てくるんだろう。気分は移ってしまうのだ、私達は子供で、こんなにも一緒だから。

「おれっ…アンタっ、にとって なんなのっ?」
「大切な、愛しい 恋人、だ」
「じゃあなんでっ、わかれよって、言うんだよ…っ俺の事、き、嫌いになったのかよお」
「そんなわけっ、ないじゃないか…」

先程まで茹立つほどに怒りに震えていた晴矢が、わんわんと声を上げて泣く。先程まで恐ろしく冷静だった私が、嗚咽混じりにさめざめと泣く。14にもなる男2人が、同じ部屋で、一緒に、ただひたすらと泣いていた。端から見れば酷く滑稽な事だろう。でもそんなこと、どうでも良かった。

「私は、きみに酷いことを したじゃないか…きみに嫌われるのは、私のほうだっ」
「ちょっと謝ればいいだろおっ…でも、俺も、意地はって 謝らなかったから、だから風介っ、俺なんてもう いらないんじゃって、おれ」
「違う、違うぅ…私が、悪いんだ、私も…あ、謝ってもおそいって、逃げてっ…わたし、」

どちらからでもなく、抱き合って、どうしようもないくらいに必死にしがみついて。うわあああああああん、っあああああ…!!!気付けば私も わんわんと声をあげて泣いていた。二人分の泣き声が、煩いったらありゃしないよ。

わたし、わかれたくないよおっ。おれも、やだ、わかれたくないっ。馬鹿みたいだけれど、そんなことを二人して言い合って、確かめるように抱き合って、涙が、ぽっかりと開いた穴を満たしていった。だって、二週間だなんて、私達は小さな時からずっと一緒だったから、とても長い時間離れていたように思えた。でもそんなに一緒にいたのに、こんな時じゃないと素直になれないし、本当の気持ちも伝えられないのだ。なんて不器用なんだろう。晴矢も、私も。

晴矢が私の頬にそっと指をはらせる。「痛かった、よな、口から血 出てる」私は静かに首を振って「君に、乱暴な事したんだ、君の方が、ずっと痛かったでしょう」そうしたら、晴矢も静かに首を振った。晴矢が、私の口の端の血を舐めて、それから、どちらともなく キスをした。長い長い、ぽっかりと開いた二週間を埋めるような、長いキス。


「ごめんな、風介」
「ごめんね、晴矢」








片足はいつもあなた側




「どうして君みたいな奴と付き合ったのか わからないよ、って言ったよな。俺もわかんね、気づいたら一緒で気づいたら好きになって付き合ってた」
「そうだね、私達はずっと一緒だったね」


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かつてないほどのグダグダ
こいつら2人同時に泣かせたら駄目だ収集つかない
番いカオスの超リア充話でした


Title:空想アリア