(※ガゼル過去捏造小説注意)




甲高い声が脳を叩く。クソガキうるさい黙れ気持ち悪い泣くなどうしてアンタはどうしてどうしてアンタなんか産まなきゃ良かったアンタなんかアンタなんか!!幼い頭に収まりきらない程の音が鼓膜を震わせて骨に反響して響き続けた。その音はとても冷たくて、痛くて涙が止まらなかった。爪の伸びた手の平が頬やら頭を打ったけど、そんなものよりもずっと悲しい、彼女の声。もう今となっては彼女の顔は思い出せないけれど、多分私はそれでも彼女、お母さんが大好きで、愛していたのだ。お父さんがいなくなってしまってお母さんは悲しいんだ。そしてお父さんがいなくなったのは私のせいだから、私が咎められるのも仕方が無いと思っていた。

ある日気が付けば薄暗いカーテンの閉まった自宅ではなく白い部屋の中で、腕に点滴が付いていて、ああここは病院なんだと分かった。暫くしてお医者さんが来て、それからお巡りさんが来た。"君のママは君を虐めて酷い事をしたから、しばらく警察で反省しなきゃいけないんだ。だから、もう痛い事はされない、安心して良いよ。"そう言って私の頭を撫でてくれたけれど、何だかその手が怖くて私は わああ、と声を振り絞って腕を振りほどいた。そうして大声で泣き叫んだ。


「お母さんを、お母さんを返せ…!お母さんは悪くなくてっ私が、私が悪い子だからっ!いやだ、お母 さんを、一人にっしちゃ、駄目だよっ…」


否、一人になりたくないのは私だったのだけれど。お医者さんとお巡りさんは悲くて苦しそうな顔をしていた。私は、ただただ寂しくて仕方が無かった。私が悪い子だから、お母さんはいなくなってしまった。その日から私は声を荒げる事もなかったし、泣くこともなかった。



それから私は"お日さま園"という施設に入れられた。毎日誰かが話しかけて来たような気がするけど、何も聞こえない。そんな毎日を送っていた。頭の中ではお母さんのあの声を罰のようにずっと響かせた。寂しくて、お母さんがしたように自分の頬に爪を立てたけどお母さんのとは違ってただ血が滲んで痛いだけだった。私の生活に色がつけられる事はなく、私は一人だった。私には何も無い、何も…



夏のとびきり暑い日だった。"今日は天気が良いのでお外で遊びましょう"、と言われ、出たくないが外に出されてしまった。外はうんざりするほど暑く、私は木に寄り掛かり木陰で一人時間を潰していた。目をつむればお母さんの声が響いて、いつものように雑音をシャットダウンしよう、としたのだが、


「おーい聞こえてんのかー!」


すぐ側で乱暴な声が響き、久々に鼓膜が震えた。驚いて目を開けて見上げれば、赤。鮮やかで眩しい程の色が私の目に飛び込んだ。周りはモノクロのままなのに、彼は色づいて見えた。私の目の前に立つ彼は、私と目が会うと「やっと気付いた!」と口元に弧を描いた。人とまともに目を合わせるのはもう1年以上も前の事だったから、吸い寄せるような金の瞳が怖くて目を逸らせば「何で目逸らすんだよ!」とすかさずぎゃあぎゃあ言われた。もしかしなくても彼は私の苦手なタイプだと膝に顔を埋めてそう思った。


「…なに。」
「お前、なんでいっつも遊ばないの?」
「遊びたくないから。」
「ふーん。へんなの。」


よっこらしょ、とわざとらしく言いながら彼は俺の隣に居座った(早く1人になりたいのに、)。ここ涼しーなーなんて言いながら同じ木に2人寄りかかる。彼はいかにも絵に描いたような炎天下の中外を駆け回る少年で、びっしょりと汗をかいているようだった。横目で窺ってみれば、額から何筋もの汗が重力に従い流れていた。
「なぁ!」とさっきよりも至近距離で話しかけられる。何でこんなに近いのにそんなに大きな声で話しかける必要があるんだろうか。


「サッカーやろうぜ!今日1人足りなくて出来ねーの。」
「…しない」
「なんでだよ!」
「…したことないから」
「えー!サッカーしたことねーの?!」


信じらんねー!と何が楽しいのかひときわ大きな声で彼は騒いだ。あまり騒がれたくなかった私は、他の子供が来る前にここを立ち去るべきだと思った。ただでさえ1対1だって会話の仕方が分からないのに、そんな事になったら確実に泣いてしまう。彼に背を向け立ち上がる、歩き始めようとして、手に、ぬくもりが広がった。この状況で手を掴んでくるのは、彼くらいしかいない。もうどうしたら良いのか分からなくなった私は、いよいよ泣きそうになって、唇をかみ締めた。どうしろというんだ、どうしたらよいんだ!
私に構うな。そう言えば良い。そう言おうとしたんだ、


なぁ、俺お前とサッカーしたい。


頭が真っ白になった。ぱっと振り向けば真っ直ぐと私の目を見つめた彼が居て、ぎゅっと手を握られて、涙が零れた。何でこんなに優しい声で、何でこんなに温かい手で、何で、
腕を引っ張られて、駆け出す。少し転びそうになりながら彼の背中を追った。彼の赤から、風景が色づいていく。短く生える雑草の緑、ジャングルジムの黄色と橙色、少しだけ泥の付いたお日さま園の壁、太陽の眩しさ(こんなに太陽は暖かくて眩しかったかな)、そして太陽よりも暖かい、彼の手。
こんなことがあって良いのだろうか。許されるのだろうか。私は、笑っても良いのだろうか。お母さんを置いて、幸せになっても、良いのだろうか、


「俺の名前、なぐもはるやって言うんだ!よろしくな!」


振り返った彼は太陽のような笑顔で、少しだけ歯並びの悪い歯を見せて笑った。金の瞳も笑った。ああ本当に、こういうタイプは苦手なんだ。


私の名前、は――






「ガゼル!おいガゼルってば!」
「ん…晴矢…?」
「その名前で呼ばれるの久しぶりだ…じゃなくて、大丈夫か、さっきうなされてたけど」
「ああ…平気…」


喧しい声で目を覚ました。何とも懐かしい夢だった。起こすから名乗れなかったじゃないか。
どんな夢見てたんだ、だなんて聞かれた。どんな夢、そうだな…


「幸せな、夢かな。」



(今私は、とても幸せです、お母さん)





昔の話





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ブーゲンビリアのノカ様に捧げます!クーリングオフ有効ですよ!
長くなってしまって申し訳ありません…うちの捏造設定でバーンに誘われてサッカーを始めるガゼルとの事でしたが、こんな感じで大丈夫でしょうか…?
サッカーのくだりから始めたかったんですけど、前半語らないと内容が伝わらないので…

ノカ様相互有難うございました!