恋でした



(「うそつき」の別視点)












雨の音が聞こえる。


ぼんやりと霞む視界の先は薄暗くて、高い天井があるだけだった。


痛みなんてとうにない。
神経が麻痺し、もうぴくりとも動かなかった。



(我ながら随分派手にやられたもんだー)



視界で捉える事は出来ずとも、今の自分の姿は容易に想像出来るワケでして。

口内に広がる鉄の味と、だらりと垂れた手の平に触れるぬるりとした液体の感触。
それと部屋一帯を満たすほどの血の匂い。


リカルド氏の強烈な銃弾と、口の聞き方を知らない小生意気なガキ共の容赦ない打撃。

おいおい待てよ、いくらなんでも数が割に合わない気はしないかい?
いくら魔物付きとは言え無茶ぶりにも程があるぜーハスタさんカワイソウ!ってなわけで、
あんな惨いリンチをくらっちゃさすがのオレでも生命の危機!

と思った結果がこれなのでした。



…全ては自分が弱かったせい。



我ながら好き勝手に生きてきた人生だったと思う。

覚醒してからはただ本能のままに自分の欲を満たし、誰に縛られる事もなく毎日フラフラ。ただ戦う事だけを、殺戮だけを求めて過ごしていたオレに未練なんて毛頭ありゃしないぜ。



(っていうのは、嘘だけど)




呼吸と意識が薄れゆく最中、最後に思い返すのは一人の少女。


…名無しさんはいつも温かかった。


最初こそは当然戸惑いを帯びた目をしていたけれども、だ。
仮にもオレは危ない危ない殺人鬼なワケなのデスよ、お嬢さん?

光栄にも、オレに対して次第と心を開いていく様がとても良く分かった。


子供は単純なんだりゅん、これじゃあ突然背後からサックリ殺られても文句は言えないデスねー
だめだめ、警戒心無さすぎなんだポン!




そう思いつつ何故殺す気になれなかったのか。

何故生きていてほしいと思ったのか。

ずっとわからなかった。



『ハスタ見て見て、これ。マーガレットの花だよ』



彼女の表情ひとつひとつがぐるぐると脳裏を駆け巡る。

笑った顔。怒った顔。泣いた顔。


頭を撫でてやると凄く嬉しそうな顔をしていた。

はにかんだように笑うその笑顔がなんだか無性に愛しくて、同時に、もっと見ていたいとすら思った。


『ハスタ・・・お願い。どこにも・・・どこにも行かないで』


最後に名無しさんが言った言葉。

今にも泣きそうな顔をしていたものだから、咄嗟にダイジョウブだなんて告げてしまった。
そんな保証どこにも無いというのに。人はいつか、死ぬものなのに。

そうわかっていながらも、いつものように頭を撫でてやると名無しさんは安心したように笑った。

胸の奥でなにかが音を立てた気がしたけれど、それがなんなのかは分からない。
ただ、悲しむ顔は見たくなかった。ずっと、笑っていてほしかった。



「ゴホッ!ゲホッ、ッ―…!」


突如息苦しさが胸を満たし、思わず咳き込むと同時に口から大量の血が零れる。
ヒューヒューと漏れるような息遣いに、もう僅かだと悟った。


「…泣くだろなァ」


オレが死んだと聞かされた時、名無しさんはどんな顔をするだろう。
寂しがって、たった一人で泣いてしまうのだろうか。

そう思うと胸がぎゅっと痛んだ。
傷のせいではない、別のなにかが酷く胸を締め付ける。


(また、撫でてやらないと、オレがついてない、と)そう呟くと、頬をそっと暖かいものが伝った。


(あ、れ)


それはぽたりと床に落ち、すっと血と混ざりあって消えていく。

胸の奥で溢れそうになる感覚。
まだ生きていたいと思う感情。

ああそうか。



きっとこれが、

この感情が、『恋』なんだろう。




もっと早くに気付けていたら、他に選択肢があったのかもしれない。
もっと違う未来を迎えられたのかも知れない。


(もう戻れやしない、け ど)



















もしも、最後にわがままが許されるなら。








(…また、来世…で、会い、―)









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