うそつき






「お前さんの髪は触り心地がいいデスねー」



そう言って荒っぽくくしゃくしゃと撫でられながらも、そう?と私は振り向いた。



「ンー。そうそうこの感じー、ふわっふわで柔らかくて、食べちゃいたい」

「やめてください」



ハスタはよく私の頭を撫でる。

最初は子供扱いのようで嫌だったけれど、次第にその抵抗感は薄れ、いつしか心地の良いものに変わっていた。


…私よりずっと大きな手。


本音を悟らせずひょうひょうとした態度とは裏腹に、意外と温かくて優しい温度の手のひら。

そのぬくもりが、触れられた部分から包み込まれるように伝わってくる。



(ああ、気持ちいい)



触れられているだけで心地よくて、ウトウトと睡魔が誘う。

それ程までに安心感を得ている。


こんな支離滅裂で、しかも世間では殺人鬼と恐れられているような奴に対して安堵感を抱くだなんて普通ありえない事だけれど、それでも私は彼を信頼し、心身共に身を委ねていた。





同時に、それとは違う、特別な想いを抱きながら。








**








ある日の晩、夢を見た。


ザアァ、という地面を打つ雨音と、微かに吹く風の音だけが私の耳に届いている。



(…ここはどこ?)



薄暗い部屋の中。知らない場所。見た事もない場所。

・・・けれど、なんだか嫌な場所。


数歩歩いてみると、カツンカツンという私の足音らしきものが部屋一帯に響いた。



(これは…夢?)



僅かに感じる浮遊感に私は眉を潜める。



「……、…、…!」



ふと、どこか遠くで声がした。

微かに聞いてとれるくらいの、小さな、それでいて確かな肉声。


私は内容を聞き取ろうと出来るだけ静かに、そして声のする方向へ足を進める。



「…タ、…ハ、」



悲痛な声。掠れた声。

誰かが声を押し殺して泣いている。



導かれるように歩みを進めると、薄暗い灯りの中、背を向ける少女の姿があった。

少女は肩を震わせ、地に膝をつきながら泣きじゃくっている。

時折嗚咽に近い声を漏らしながら、ただただ、涙をこぼして。



「あ、あの――――、」



たまらず声を駆けようと息を小さく吸い込んだ所で、私は思わずハッと息を呑んだ。




・・・今、見えてしまった。彼女の傍らに、横たわるものを。


暗くて良く見えなかったが、彼女の足元には真っ赤な血だまりがあり、尚且つその中心でその『何か』はぴくりとも動かずに横たわっている。



血で赤く染まった衣服。

いや、それはもともと・・・赤い色だったかも知れない?



ドクドクと体内の血が騒ぎ始める。


(見てはいけない)
(見てはいけない)


傍らには見覚えのある赤い槍。

戦いに傷つき、無残にもへし折れている…赤い、槍。


(見てはいけない)
(見てはいけない)


咄嗟に顔を背けようとするも、体は何故か動かない。

まるで何かに張り付けられているかのように、ピクリとも動いてくれないのだ。



やめて、やめて。

見たくない、見たくない!



「…いや、いやだよ…」



少女が嗚咽の混じった声を漏らし、傍らに横たわるそれを懸命に抱き起こした。

子供のように、嫌だ嫌だと泣き喚き、動かないそれに頭を押し付けている。



ダラリと垂れた腕が見えた。

赤い袖。

白であったろう白いフリル。

大好きだった手。

温かかった手。


そしてその少女は、紛れもない『自分自身』。



「…あ、ああ…あ」


いや。いや。いや。




「っ、いや!!!」



力の限り声を振り絞った途端、ふっと世界が変わった。

窓から差込む僅かな朝日。

外から聞こえる小鳥のさえずりで私はようやく夢から目覚めたのだと実感した。



「ハスタッ、」



バサリと布団を乱暴に退け、部屋を飛び出す。

夢の光景があまりにもリアルで、鮮やかで、未だに胸がドクドクと脈を打っていた。


はやく、はやく会いたい。はやく。はやく!



「ハスタ!」



バタンと大きな音を立てて小屋の扉を開けると、そこにはきちんとしたいつもの光景があった。

休息している兵士や傭兵達に混ざって話をしている、赤い赤いシルエット。

私が入ってきた事によって全員の視線が私に向けられる。

そんな中で、彼はやはり相変わらずな様子で手をひらりと上げた。



「やあやあ名無しさん、今日もお元気そうでなにより―――、おわっ」



全部言い終わらぬまま、私はハスタの胸にしがみついていた。

ふわりとかすめる彼の香りと暖かい肌のぬくもりが、少しずつ私の胸に染み込んでいく。


あたたかい。

ちゃんと生きてる・・・ちゃんと傍にいる。



「朝から大胆ですこと。ハスタくん照れちまうぜー」



いつも通りの顔で、いつも通りの声で、にやりと口の端を吊り上げて笑うハスタ。



「ハスタ・・・お願い。どこにも・・・どこにも行かないで」



顔を上げ、ただまっすぐに見つめる私の意図を察したのか、果たしてそうでないのかは分からない。
だが、ハスタは何も言わず、ただ、そっといつものように私の頭を撫でた。



「ダイジョウブ、ダイジョウブ」



ずっと傍にいるよ。


子供をあやすような優しい声で、そっと耳打ちするように小さく呟かれる。


珍しすぎる真面目な言葉遣い。
普段とのギャップに胸が小さく跳ねるのが分かる。



「お前さんは笑ってる方がいいと思ーう」



だからそんな顔しなくていいんですピョロよーなんてふざけながらも慰めるようにくれたキスは、


何故だかとても切なくて、苦かった。







(そして、彼が死んだと聞かされるのは、その少し後のこと)








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