kiss me!









「―――だそうだ」


「うん、分かった」



リカルドが訪れたのはつい数分前。
彼は私と同じ部隊の傭兵だった。


同じ部隊とは言っても、持ち場は違う。


彼は自らが戦場に立って戦い、私はその戦場で傷ついた人達を
救護し、手当てするいわゆる医療班の人間だった。



「リカルド、最近戦闘続きで疲れてるんじゃない?顔色あんまり良くないよ」



あ、顔色悪いのはいつもの事か。

そうからかってみるとリカルドは少しムッとした様子で私から目を反らした。



「ごめんごめん、冗談だって。
 
 …でも本当に無理はしないでね、死んじゃったら元も子もないんだから」


「…ああ、分かってる」



心配するなと言わんばかりにリカルドが私の頭を撫でようと手を伸ばしたその時、



「おーっとお!」

「!」



突如ビュンッと鋭く風を切る音がしたと思いきや、
私とリカルドのすぐ傍をチリッと掠めていく赤くて大きな物体。


突然すぎる出来事に思わず息を呑み、恐る恐る振り返ってみると、

そこには見覚えのある赤い槍が大きな亀裂と共に深々と奥の壁に突き刺さっていた。

「…ハァ」



その槍を一目見たリカルドはすぐさま状況を理解し、
深いため息をつきながら背後に立つ人物に声を掛ける。



「なんの真似だ、ハスタ」


「いやあ、リカルド氏があまりにも大胆かつ不愉快な行為をしでかそうとしていたもので

 ついカッとなってしまいましてな」



相変わらずの口調とゆらりとした足取りで部屋に入ってくるその人物に
私もなんとなくながらようやく状況を理解した。



「もうハスタ!怪我でもしたらどうす」


「やあハニー!会いたかったぜー!」


言葉を最後まで言い終わらないまま、突然真正面から熱い抱擁を食らう。
ドンと勢いよく抱き締められたもので、ハスタの胸板が顔面に直撃し、痛い。



「ちょ、ちょっとハスタ!こ、こら」


「ンー!この感触っ、紛れもなくオレの名無しさんだァ」



まるで久しぶりに会ったかのような口ぶり。
今朝会ったとこでしょうが!



「あーっもう、離れてってば・・・!」



じゃれてくる動物をなだめるかのようにコラ、と叱りつけても、私を抱き締める力は一向に緩む気配がない。
むしろ、少しずつ締まって苦しいくらいだ。



そんな私達をしばらく眺めていたリカルドもいい加減愛想を尽かしたのか、小さなため息と共に背を向けた。



「…コイツのお守りはお前に任せる」


「え?あ、ちょ、ちょっとリカルドまっ」



部屋から出ていこうとするリカルドのコートを掴み引きとめようとしたものの、
がっちりと拘束されているせいもあって僅かに届かず。

伸ばされた私の手は空しくも宙をかいた。



「まってまって、ほんとに!

 知ってるでしょ、この子の相手するの結構大変なんだか、」



ばたん。



私の呼びかけに1秒たりとも答えてくれぬまま、無情にも閉ざされてしまう扉。

ハアア、と盛大なため息をつく私の事などつゆ知らず、
相変わらずこの大きな動物は私を強く抱き締めて離さないでいた。


私より一回りも二回りも大きな身体。

桃色でくせっ毛気味の髪。

赤みのかかった瞳。


今思えば、この人をこんな間近で見た事があっただろうか。


無意識にジッと観察していたら、ふと顔を上げたハスタとばちりと目が合った。


「ん?ナニ?」


口の端をニッと吊り上げ、嬉しそうに私の顔を覗き込むハスタ。

か、顔が!ち・・・近い!近い!


「わっ、な、なな、なんでもなっ」


距離を取ろうと身体を仰け反ろうとした為に、勢いでバランスを崩す。
しかしすぐさま腕を強く引かれたかと思うと、気づいた時には既にハスタの腕の中へと戻されていた。

再び包み込まれるぬくもりに、ドッドッと心臓が激しく脈を打つ。

どうしよう、なんか、なんかっ・・・は、恥ずかしい。すごく。すごく。



「あ、あああの、ご、ごめん、その・・・もう大丈夫だから」



微かに震える手でハスタの胸を押し退けようするとその手をまたぎゅっと握られたものだから、
私の胸はまた大きく跳ね上がる。



「名無しさん」


まっすぐに向けられた瞳を前に、まるで金縛りにあったかのようだった。
聞こえるのはもはや自分の心音だけで、視界に映るのはハスタだけで。


「・・・ハ、ハス」



乾ききった口を懸命に動かし名前を呟いた途端、ふいに覆い被さる影。


それと、同時に、唇に触れる柔らかい感触に私の思考は一瞬にして停止した。

一度、また一度。
軽くついばむような小さな口付け。

唇から頬、頬から瞼、瞼から額。

色んな箇所に落とされていく優しくて甘い口付けに、私の意識は完全に持っていかれている。

再度唇と唇が触れ合ったと思いきや、今度は先程よりも熱いキス。
唇を割って入ってくる舌の感触に一瞬びくりと身体を強張らせるものの、逃げる事は出来なかった。


「・・・っ、ふ」


舌が絡み、角度を変えながらも交わされる深いキスに、息苦しさと眩暈がした。

ややしばらくして、ようやく唇が離れたかと思えば、
目の前には満足気な、でもどこかしてやったりな笑みを浮かべる憎らしい顔。



「おやや、可愛らしい顔ですこと。オレちゃん欲情しちゃう」


「なっ、」


「ジョーダン!お顔が真っ赤だぜハニー」



クスクスと笑いながらカワイイカワイイと私の頭を撫で回す余裕たっぷりハスタに、
私は怒りでもない悔みでもない感情でわなわなと拳を震わせた。


・・・こんなの、ずるい。


胸の動悸と全身に帯びた熱は一向に治まらない。
この人はこんなに余裕綽々であるというのに、
私はただひたすら、一人でこんなに歯がゆい思いを噛み締めているのだ。

それなのに、その反面、ほんの少しだけでも、
名残惜しさを感じている自分がいる事が一番不可解で。



「名無しさんからしてくれてもいーんだぜ〜ほらほらァ、キスミープリーズ!」


「し、しません!」








(その気持ちを自覚するまで、きっと、後もう少し)






















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