わりと古めかしい作りの学校の廊下は耐震工事はしたとはいえところどころでギシリと音を立てるようなところもあって、改装をしたつるっとした廊下と木造の廊下の境目から見る長い廊下はいつでも古いアニメ映画の景色みたいだ。こういうところがすごくすき。わたしたちはその頃にはもう卒業しているけれど、2年後にはすべてが改装されて木造部分はほとんどなくなってしまうらしい。校門はそのままらしいけれど。それを聞くと、とっても残念で仕方がない。でもまあ、たしかに、この間先生が旧校舎の教室で片足を床にはまらせていたしなあ。
「っぎゃ!?」
なんでこんなところにテニスボールが大量に転がっているのだろう。そんな疑問をぐるぐるしながら叫んでつんのめった爪先はもう遅かった。
力んで思わず握りしめた両手。右手にはほとんど常備品と言っても過言ではないミルクティーの紙パック。まだ半分は残っていた。目の前の人影が揺れた。
ぶしゃ、と唐突な音。いやな予感しかしなくって、転んだ時に反射的に固くつむっていた目を開いた。
「…………おい」
「わ、」
低い声の主を見ると学校の廊下なのに大量の水分を髪の毛から滴らせている顔の整った男の子がいた。この人、知っているなぁ。この間テニスコートでも見た、二年生の子だ。ピアスだらけだから目立っている。それにしても、ワイシャツまで濡れているけれど、うわあ、この人めちゃくちゃいい匂いがする。
「ミルクティーの匂い…あ、ハンカチ貸し」
「自分のミルクティーやろがなにすっ呆けとんねんふざっけんなやこの薄ノロ」
「え!」
すっごい低い声で罵倒されながらハンカチを差し出した左手を思い切り払われて本当にびっくりした。自分の右手を見ると、信じられないくらい綺麗に潰れた紙パック。これが本当に自分の握力で潰れたのだろうか。そう思ってしまうくらい、ひしゃげた紙パックのストローの先からぽたりと流れ落ちた薄茶の水分からは目の前の男の子と同じ匂いがした。ここで気付いた。これはもしや。
「うわあああごめんなさい!ごめんなさい!!うそこれわたしの、うわ」
「どないしてくれんねんこれもう、うわ、ベットベト、くっさ」
「うわあどうしようごめんなさい、あ…まだ半分はあったのに…」
そーじゃないやろと男の子が語気を荒げたとき、私の後ろに人が立った気配があった。
「財前?どないしたん、て」
「ししししししらしいくん」
財前と呼ばれたミルクティーのいいにおいの彼がこれまた低くてぼそぼそとした声で「どんだけドモっとんねん、鈍くさい」なんて。薄ノロとか鈍臭いとか、ひどいなあ。でもミルクティーかけられればそのくらい苛々するか。あぁ、ミルクティーも勿体無いし、申し訳無いし、こわいし。
でも、なんてラッキーなんだろう。こんなに近くで白石君を見るのは初めてだった。ミルクティー色の髪の毛が、こんなにも近くて、手を伸ばせば触れられる距離なのだと意識すると胸が高鳴るのを感じた。
「あ、えっと、名字さんであっとるっけ? て、うお、財前びしょ濡れやないか」
「こいつにぶっかけられたんすよ、もう俺帰っていいですかね」
「え、あ、え、なんで名前」
「部活出ようや、シャワー室借りてジャージ着ておきなさい あぁいや、まぁ、同学年やしな。名字さんは大丈夫?なんともないん?」
「あ、うん、わたしは全然大丈夫で、というか あの、ごめんなさい…」
財前くんがなんで部長にならそんなまともに謝るねんクソかなんてまた悪態をつく。白石君がそれを小突いて注意した。ああ、名前知られていたなんて。申し訳無いし、恥ずかしいし、こんなとこ見られちゃうなんてもう穴でも掘って埋ってしまいたい。でもやっぱり、どうしようもなく、気持ちがふわふわして、心臓から暖かくなっていくような気がした。
「いやいや、元はと言えばコイツがボールぶち撒けたんが悪い」
「それをいうならあんなとこにカゴ置いとく部長が悪いっすわ」
「あー…、そうらしいから、ごめんな、名字さん」
そうやって苦笑する白石君もやっぱりガラス細工のような繊細な目元をしていて、わたしの心臓は絶え間なくドクドクとすごいスピードで脈打っていた。
意識するときめき
この話では財前君はあくまでもモブであり深く絡んでくることはないです 原作でもすきな部分なんですけど、財前君に対する白石の、命令形(ですます調)?の関西弁がすごくかわいい
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