名字名前、この春、人生で初めて恋をしました。
…たぶん。
そうやって報告をしたら友人はたぶんてなんやねんと笑った。
恋というのは好きな人のことを考えて過ごすということなのだろうけど、わたしの好きな人というのは話したこともない同級生の男の子。しかも私は、恋の仕方がいまいちわからない。だからこの感情が本当に"恋"であるのかすらよくわからない。だから、「たぶん」なのだ。
「でもさぁだってさぁ」
「おん」
「恋ってどーしたらええねーん ってゆう」
「あっちゃー」
呆れられた。心の底から呆れた時の顔をする友人だけど、やっぱりそんな表情も様になるっていうか、一枚絵みたいっていうか。美人は何かとお得なんだなぁと思うと遺伝子の違いをとことん恨む。友人だって好かれはしても好きな人なんていないくせに。
伏せた瞼から伸びる長くて黒々とした睫毛や、それを縁取るようにきれいに弧を描く二重となみだぶくろ。こんなにもまじまじと観察するのなんて友人の顔くらいだけど、平均よりずっと整っているのはわかるから、どうしても羨ましいと感じてしまう。そういうときだけは、私も女の子なんだなって思うのだ。
せっかく女の子として生まれたわけだから、毎日飽きもせずミルクティーを飲み込むわけだけど、それ以外に女の子らしいことはほとんど経験がない。
おしゃれとか、長電話だとか、そのくらいならしたけれど、よししよう!と思って出来るわけでもなかったし、そもそもしようと思ったこともなかった恋に関してはお勉強すらしていない。知識不足の経験不足、初恋は実らないとまで言うのはこういうことだろうかと、詳しくもないのに考えてみたけど。
「うええ、わっかんない」
「当ててあげようか」
「当ててみなさい」
「ほとんど考えてもないやろ」
「ぴんぽんー」
「でもねえ、白石君はすごいで」
改めて確信するみたいにそう呟いた友人の言いたいことがわからない。首を傾げても視界は変わらなかった。
「すごいって?」
「まず格好良いやろー、そんで誰にでも優しいやろ、しかも運動神経抜群で更に頭まで良いやん?」
「良いやん?」と相槌を求められても、誰にでも優しいかとか頭が良いかはわからない。けれど、まぁ彼女がそういうのだから本当にそうなのだろう。それだというなら確かにすごいなと、そう思った。
ふぅん。ますますお近づきになれなさそうな白石くんのことを、私は本当に何も知らずに好きになったんだと思い知らされる。近づきたいと思ってるんだ。へぇ。そうか、これが一目惚れってやつなんだ。
一人でふんふんと頷いていると友人は笑った。眉尻をゆるく下げて笑う時の友人は、決まって私のことを少し心配しているんだけれど。
「ライバル多いで、めっちゃやで」
でも本当は、さすがにそのくらいは恋愛経験がなくてもわかること。あんな美人な男の子、だあれも放っておかないことくらい。
「そうやろうね〜」
「そんな甘い考えしとるとな」
「どうなるんですか」
「一瞬で他のオンナに奪われてまうんやで!」
「ででーん!」
「なにそれ?」
「名前絶望!のテーマ」
「あそ」
ミルクティーのストローの袋をピリピリ破りながら、「でもね」と切り出した。
学校の自販機のミルクティーを全て飲み尽くす勢いでミルクティーを飲んでいるけれど、飽きないこの甘ったるさが好き。いつでも甘いし、柔らかい味がするし、お砂糖たっぷりで、自分で紅茶を淹れようとしても再現できない甘み。自分で淹れる紅茶は好きじゃないのだ。きっと身体に悪いカタカナ成分でも入ってるんだろうな。ミルクティーの飲み過ぎで早死にするかも。本望です。
「わたし別に、片想いでもいいかなって〜」
「えええー」
「初恋は実らないとも言いますし」
理解不能やわ〜なんて言って、彼女は私の愛しのミルクティーを掻っ攫った。なんてナチュラルな動きで人の物を盗っていくのでしょう彼女は。
その動きを、チラチラと追いかける目線に彼女はいつも、気付いていないようで気付いている。でも、知りたいとは思っていないみたいで、ぜんぶ無視するのだ。目線の持ち主にはちょっと同情しちゃうけれど、モテる人はモテる人で大変なんだろうなって思うから何にも言わない。それはきっと、どれだけ優しいからといっても白石君も同じなんだろうなと、自然に白石君のことを考えた脳は完全にイチゴミルク化している。
でもね聞いてよ私のイチゴミルク脳。好きになりすぎたら気付かないフリされるかもしれないよ。それってすっごく悲しいことじゃないかな?でも好き?ああ、そう。
「ああー、でも」
「でも本当は?」
「好かれたい…かもしれなくもない…かもしれない?」
「それが素直ってもんだよ」
正直自分で言いながら自分でわかんなくなったけれど、友人にはわかったみたい。読解力ってやつ。
「うーん、わかんないなあ」
「それが恋心なんだよ」
「うへぇ、めんどうくさいねえ」
「本当にねえ」
むずかしいね
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