つばさがない | ナノ




う、
う。

「…きもちわる」


気分と胃の中のものを一気に吐き出して、空になった胃でまだ騒ぐ吐き気が落ち付くまで暫く待とうと廊下に座り込んだ。
これで8日、学校に行っていない。誰も責めなかった。自分で自分を責めることもなかった。みんな心配した。みんな理由は知っていた。あの日女生徒が死んだからじゃない。あの日俺の好きな人が俺の目の前で死んだからだ。一部以外の友達は皆、目の前で誰かが死ぬところを見たらそりゃあ気も滅入るだろうと、俺を憐れむ様に心配した。俺が彼女のことを好きだったことを知っていた奴等は何も言わずに彼女の葬儀で俯いていた。どっちでもいいけど、とりあえず暫く塞ぎこんでいたことは事実だ。この8日間で2キロも体重が減った。どうせまた直ぐ戻るだろうけど、いい加減学校に出なきゃいけない。特別頭いいわけじゃないし、これ以上授業に遅れたら辛いだろう。なにより、体がなまってしまう。8日もテニスをしないなんて、こんなの小学生のころにインフルエンザにかかった時以来じゃないだろうか。明日の朝には筋肉が全部固まったみたいに動かなくなるような気がして怖かった。

メールの受信を報せる携帯のイルミネーションがチカチカと光っているのが目に付いた。多分最後に開いた昨日の夜から光っている。昨晩に気付いたメールのお陰で時間を確認しようと携帯を開いたは良いが、メールの方はどれも開かぬまま携帯と同時に目も閉じてしまったのだ。

受信ボックスの一番上にあったどうでもいい名前はとりあえず無視して、上から六番目にあったメールをなんとなく開いた。送信者、向日岳人。今日の昼ごろに来ていたみたいだ。



『体調どう?
テニス部だけまだ部活再開してないから、つまんねえんだぜ。
もしかしたらなんかあるかもしんねえし、明日あたり学校来ねえ?
じゃあな!』


岳人にしては短めかつシンプルなメールに本人かどうかすら疑うが、丁度学校へ行かなくてはと思っていた気持ちを後ろから押してもらったような気分になる。もしかしたらなんかあるかもしんねえし―…意味深な文章に少々首を傾げてみるけれど、岳人のことだから難しく考える必要はないのかもしれない。漸くノロノロと立ち上がり、リビングのソファに腰かけると、母親にもう大丈夫なのかと尋ねられた。明日から行くと思うから。適当に返事をして他のメールも見ていくことにした。随分溜まってしまったものだ。こんなに返信、出来るだろうか。


「うわ…。部のやつらからめちゃくちゃ来てんな…」


一番多いのはやはりというかなんというかの長太郎。一番少ないのが岳人だった。僅差とは言え、普段なら鬱陶しい程メールを寄越す岳人よりもメール無精な日吉からのメールの方が多いなんて。気を使ったのか、ただたまたま気が向かなかったのか、なんかあったのか。まぁ、明日聞いてみればわかるか。少し投げやりに、次は忍足からのメールを開いた。画面を埋める小さな文字。岳人からはアイツにしては短いメール。忍足からはアイツにしては長いメール。性格入れ換わりでもしたのかよ、なんて、下らない思考回路で。

適当に目を通すだけにするつもりが、少し気になる話題に思わず眉間に皺が寄った。


「……?」


『今晩は、元気しとる?
ほんでな、こんなん宍戸に聞くのもどうかっちゅー話かもしらん。先に謝らせてな。俺の気にしすぎならそれでええねんけど。

最近、岳人が屋上に入り浸りやねん。
岳人が高い所好きなんはわかっとるけど…、普通、今はちゃうやんか。
やのにむしろ前より頻繁にってくらい行っとってな。
そういう、言い方悪いけどオカルト苦手な岳人やで。俺でも行こうなんかよう思わんわ。心配っちゅーか、なんちゅーか……。

なんか自分で言っとってようわからんくなってきたわ(笑)
今度宍戸の都合良かった時にでも電話で話す。

体ゆっくり休めてまた学校来てな』



詞を選びに選び、気を遣い、書き上げたのかもしれない。忍足のメールを読むといつも、関西弁はメールにも出るのだなあと感じた。
たしかに奇妙だと思う。
岳人は高いところにいるのが常だった。屋上、木の上。飛び跳ねて、上空。けど、岳人って、お化け屋敷で絶叫しちゃうタイプの奴じゃなかったっけか。確かに不自然な行動は忍足が心配するには十分だった。岳人のメールの意味深な一行も合わさって余計不可解だ。やっぱりどうかしたのだろうか。
全て、明日わかると良いけど。
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