つばさがない | ナノ




バタバタと、分厚いドア一枚を隔てても聞こえてくる慌ただしい足音のあと、ギギと音を立てた屋上のドア。少し息を切らして、向日岳人だった。やっぱりここかなんて意味深に言葉を交わしていた辺り、仲がいいんだと思う。でも私は、イライライラ、そんな気分だった。あーあ消えたい。落ちたい。もう一度落ちたら私はどうなるんだろう。試したことがないからわからなかった。宙に浮いちゃったりして。そうしたら落ちらんないから私が憂鬱になるけれど、向日岳人は羨ましがるだろうな。目の前でふらりと飛んでみてもいいかもしれない。ああでも、そういうのって結局面倒臭くなっちゃうんだ。

「じゃあ俺、久しぶりなのに授業サボっちまったから もう行くわ。また部活でな」

宍戸亮がそう言って立ち去って、やっと清々した。もう、来ないといいけど。粘着質そうだった。あーゆうの二番目くらいにきらい。わからないけどもっと嫌いなものがきっと他にあるから一番は空けておく。うん、二番目くらいにきらいだ。まだ部活ねーぞ。宍戸亮にそう声を掛けた向日岳人はそのまま振り向いて、思い切り私を睨んできた。こうされるとツリ目がちだからガラ悪いなぁ。というかテニス部、だっけ、がまだ部活がないのってきっと私の所為だと気がついて、申し訳無いなと思わず眉根に皺がよった。そんなにいっぱい迷惑掛けて死んだつもりじゃ、なかったのに。そうすると向日岳人の方も眉間が皺だらけになって、あれなんか誤解された気がする。
そして今迄にないくらい目が合い続けていることに気が付いた。睨まれているのだから目が合うのは当たり前なのだけど、いままで余りにも関らない様にしてきたから。多分、お互いに。

「やっぱり見えるんだ」

途端目線が逸れて、思い切り無視される。慣れているから、特になんとも思わなかった。肯定としか解釈のしようがないような目線の逸らし方が可笑しかった。

「あの宍戸亮にも見えるみたい」

ピクリと反応した向日岳人は自分でそれに気が付いているのだろうか。私には分からないけれど聞こえていることがわかったからまぁそれでいいやと結論。こんなに話すのは初めてだった。そもそも自分から話しかけたことがない。様子は窺っていたけれど、話したいなんて思わなかった。いつでも私お得意の、面倒臭いという感情が働いた。でもいまは、酷く苛ついているから、愚痴くらい聞いてもらおうと思う。我ながら自分勝手なのは分かっている。

「よくわかんないけど告白してきたありえない」

きもちわるい、そう続けると、向日岳人の白くて女の子みたいな横顔がすこし歪んだのが分かった。ギシギシ音を立てたフェンスが壊れてしまえば区切られたあの空がよくよく見えるだろうなと思った。でも、壊れてはいけない。なんでだかそう思考した頭は私の脳味噌の指令下にないところで動いた気がした。反抗してる。「…お前のが気味悪りぃ」ボソリと呟くように呆れるように面倒臭そうにやっと言葉で反応を示してみせた向日岳人にすこしおどろいた。初めてまともに会話が成り立ったのにそれはそれは中学生男女のものとは思しき酷い会話で、らしいなと思った。

「…そうだね私も思う」

だって私、死んでいるんだもんね。

きもちわるい。自分でそう思った。あああ落ちたい。宍戸亮もよくこんな非科学的未確認物体みたいなのに愛の告白とかしちゃったよね。落ちてしまいたい。向日岳人が空を見上げるような仕草をしたので追うように上を向けば鳥が二羽、豆粒程度の大きさで視界に入ってきた。ああなるほどこれを見ているのか。そんでもってうらやましいなとか思っているのだろう、やだーダッサーい、なんて。でも鳥って楽そうだ。わかんないでもない。

「お前、飛んだの」
「ん…どうだろう」

ああそうか向日岳人は飛びたいんだっけ。飛ぶのと落ちるのとじゃちょっと違うんじゃないかとも思うけど、人間にとって落ちることと飛ぶことが同義ならそれと同時に死までもが同義になってしまうんじゃ。だって私、落ちて死んだよ。どう返事したらいいだろう。ああ、わかんない。こんな難しいこと。すこしだけでも、飛んだかな。私は飛びたくて落ちたわけじゃないから、飛んだかなんてわからないし考えたこともなかった。
こんなにも難しく複雑に面倒なことを考えるのはすごく久しぶりだった。直ぐ様止めてしまいたいくらい面倒臭かったけれど、でもなんとなく、確実に質問する相手を間違えてしまった向日岳人の、ビックリするくらい真面目で泣きだしそうな表情で空を見続ける姿を見るとどうしても止められなかった。だって、泣かれても面倒だ。

「…飛んだよ、きっとね」

うん、たぶん、空を見上げながら優しく優しく、そう付け加えて、やっぱり泣きだしてしまいそうなままの阿呆面を晒す向日岳人はどうしようもうなく子供みたいで。仕方ないやつなんだなと思うとなんだか笑えてしまった。だからちょっとだけ、笑った。
私は空を飛んだのだろうか。わからない。自信などない。飛んだと思うわけでもない。落下しただけ。だって私は飛びたいわけじゃなかったんだ。でもそれでももし向日岳人には私のその行動が"飛んだ"という風に映るのであれば私はきっと飛んだのだろうし、そうでないのならそうでないのだろうし。でもきっと、落ちたい落ちたいと濁してばかりいたら本当に見えなくなってしまった自分の気持ちはたぶん、本当は「落ちたい」じゃなくて、「死にたい」だったのだろうと。間違った意識をしていたのは私だけで、本当は世間様の言うとおり、ただの自殺願望者だったのだろうと。そんな悲しくて寂しくてバカで不幸なやつだったのかと改めて自分を客観視したら本当に愚かな生き方をしたうえで死んだんだなと思った。悲しくなんかなかった。感情とかそういう面倒臭いのはここに内履きと一緒に置いてきたんだと格好を付ける。だって私もう死んでるんだしね。これは決して諦めなんかじゃない。

「だから泣かないでよ、めんどくさいよ」



「ほら、アンタが好きな鳥が飛んでる」 
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