つばさがない | ナノ




じゃあ俺、久しぶりなのに授業サボっちまったから もう行くわ。また部活でな
そう言って、俺との会話も程々に屋上を立ち去った亮にまだ部活ねーぞと声を掛け、目の前の気味の悪いユーレイ女を睨みつけた。すると女は不快そうに思い切り眉間に皺を寄せる。なにこいつうぜー。

「やっぱり見えるんだ」

無視。つーか喋れたんだ。幽霊。正直無理な部類の非科学的な、生物?あああやめろよ消えろよ成仏しろよ南無阿弥陀仏。真直ぐに歩いて背中をフェンスに預ける形で腰掛ける。女は無視されたことなんて気にも留めない様子でフンと笑った。

「あの宍戸亮にも見えるみたい」

なんだか、生気の籠らない喋り方だった。まぁそりゃあ生気は込めたくても込められないんだろうけど。薄気味悪いなあなんて思いながら、なんとなく耳を傾ける。宍戸に見える?こいつが?宍戸はこいつのことが好きだった。その好きな奴の死ぬ瞬間を見た。そんな宍戸にこいつが見えるなんて、俺だったら嫌すぎる。人ごとみたいに言うけど可哀相だと思った。やっぱり、こいつは早く消えるべきだ。そう思った。宍戸からすればもう戻ってこない奴が見えるなんてこれ以上に切ないことなんかそうそうないだろう。

「よくわかんないけど告白してきたありえない」

それは確かに有り得ないかもしれない。

「気持ち悪い」

でも、宍戸はこいつのことを好きだったからそうして思いを伝えたんだろうに、気持ち悪いなんて言い方ないんじゃないだろうか。幽霊になっても好きとか言ってくれるの宍戸だからだろ。あああ。苛々した。ていうか生きてた頃のこいつって、俺の頭の中の僅かながらの記憶で言えば普通に明るい女子って感じだった。はずだ。まるで記憶の中の人間と違う言動だとか表情だとか、フェンスに背中を押し付けるようにするとギシギシ音を立てた。

「…お前のが気味悪りぃ」
「…そうだね私も思う」

どのくらい遠いのかよくわからない遠くの空に鳥が二羽悠々と飛んでいた。鳥でもずっと飛び続けるのは疲れるのだろうか。どこかの電線や木の枝に止まって手を使う人を見て羨ましいと思うのだろうか。よくわからないけど多分物を持てるより空を飛べるほうがずっといいと思う。無い物ねだりに空を飛びたいなんてどこかの歌の歌詞にありそうだなぁなんて。風を受けて羽を広げて高く高く。いいなあ、羨ましい。

「お前、飛んだの」
「ん…どうだろう」

少し思案するその様子はなんだか普通の人間みたいで、そこには生きているころのそいつがいるようにも見えた。喋ってみると意外と普通に成る会話、それは逆に変な感じがした。こいつの死因は自殺。幽霊になって今ここにいる。のかもしれない。詳しいことはわからない。たぶんこいつにもよくわからないことなんだと思う。自殺。これ以上に愚かな死はないと思う。だから俺はまだ飛ばない、飛べない。でもほんの少しでも空を飛んだこいつを愚かだと思うかと言われたら、そうでもない。空を飛ぶとき、どんな感じだった?なんで死んだの?空ってやっぱり、気持ちいい?なあ、なあ、教えて。なんで、なんで。なんで死んだの?それは飛べたことになるの?飛べないの?飛ぼうとしたら死んでしまうの?俺はいやだ、そんなの。飛びたい。空を。俺は死にたいわけじゃない。

「…飛んだよ、きっとね」

ハッと顔を上げてそいつを見ると仕方ないなと言う風に薄く笑っていた。もしかして、俺に気を遣った?まさか。まさかな。空を見上げて「うん、たぶん」確かめるように曖昧に笑う彼女を少しでも綺麗だと感じた俺はそろそろ本当に病んできているのかもしれないと少し不安。いやでもたぶん、俺こいつのこと嫌いだし。たぶん、生理的に無理なタイプ。多分としか言えない脳内に違和感。

「だから泣かないでよ、めんどくさいよ」

なんでそんなに優しいこと言うんだろう。俺の見た面影。生きていた頃のそいつに関して俺はあまり詳しくない。宍戸が好いてる奴だから、ちょっとだけ興味本位の眼差しはあったけど、死んでみると性格悪いし、冷めてるし、今だって表情の薄い顔でめんどくさいとかいいやがったし、つーか死んでるし。そう言って、ほらアンタが好きな鳥が飛んでる。子供をあやすみたいに適当に呟くそいつは俺がいつも鳥を見ていることを知っていた。きっとここで知ったことなのだろう。変な奴。そう思った。

「向日岳人は、死なないで」

妙なほどに優しいそいつの透けた微笑みは俺を見ていた。なにこいつ、さっきまでと随分違うじゃん。調子が狂うって、こういうことを言うのだろうか。頭の片隅でフワフワとそう考えた。そいつの向こうには俺の憧れる広い空が透けていた。
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