つばさがない | ナノ




「え?宍戸が?まじ?」
「まじまじ、来てるみたいだよー」
「へー久しぶりだな」
「寝てたから知らないけど、女の子達が言ってたC」
「朝から寝てたのかよ」
「えへへ。今はクラスに、いなかったけど」

男にもえへへって。ジローは嬉しそうに宍戸が来ていると女子から聞いたらしい話をのんびりと俺に話した。そっか。呟いた。つい昨日のことだ。メールひとつ、送った。それがきっかけかどうかは分からないけど、宍戸はあのメールで何を思ったんだろう。俺が変な奴みたいに思われてないといいけど。ああそうか、来てるのか。あれ、クラスにいないってどういうこと。あ、あ。あぁ。そうか。なんか少し、わかった気がした。

「あれ、がっくん、どこいくのー?」

また眠たいのだろうか、口調がまた更にゆっくりになった気がするジローにトイレ!適当にお決まりの嘘をついた。いってらっしゃーい。なんだかんだで察しの良いジローのことだから、たぶん気付いているけれど。間延びした声に重なる授業開始のチャイムの音など気にせず俺は走った。途中で先生とすれ違った。おい、お前のクラスはそっちじゃないぞ。丁度次の授業の担当の先生な気がするけれど、知ってるっつーのと言う意味を込めて無視した。階段を駆け上がり、学校内で一番細い廊下を走り抜け、学校内で体育館倉庫の次に重たい扉を押した。いつもはあいつと俺しかいない場所、でも今日は。

「岳人」
「はっ…やっぱ、ここだった、な。久しぶり」
「ああ」

息を整えて額の汗を拭って、本当に久しぶりな友人の顔を見た。痩せたのが見ただけでわかる。けど結構、元気そうだ。目を細めて俺を見る宍戸もおんなじようなことを思っているのだと思う。ああ俺は痩せたりしてないけど。
俺の目に映るのは宍戸だけじゃなかった。無表情に俺や宍戸と言うより空を見つめているのは、1週間と少し前からここに居座る女だ。宍戸は何故ここに来たんだろう。俺があんなこと言ったからだろうか。ここに来て、宍戸は誰かに会えるわけでもないはずなのに。それじゃあ宍戸はここに来て泣いたのだろうか。そういうことも考えたけれどどうやらそういうわけでもないみたいだった。宍戸の頬にも屋上のコンクリートにも、どこにも涙の痕はなかった。
女は俺を見て無表情に微笑み、まるで大根役者の演技のようなわざとらしい振り方で手を振った。こんなことするの初めてだったし、どちらにせよ仲良くしてやる気はないから無視した。無視してるのはいつもだ。最初は信じたくなかったから。その次はそいつが暫くの間自分の存在や、俺にそれが見えていると言うことに気付いてなかったから。もうひとつ次は興味が湧かなかったから。そしてその次はさっさと消えればいいと思ったから。
屋上に通い詰める俺に彼女はなんとなくの興味を抱いていたみたいだけど、ほとんど俺に関ろうとはしなかった。声も聞いたことはない。喋れないのかもと思ったことがある。ただ一度、俺の夢をそいつの前で言ったことがあった。聞かせたかったわけじゃなく、そいつは少しだけ飛んだ人間だった奴だから、なんとなく口走ってしまっただけで、それは殆ど独り言の域だったけど、そいつは笑ったりせずそれを聞いていた。それを一度として、俺とそいつが関ったことは一度きりだった。ただそいつは、一向に消えない。

そいつはもう死んでいる。一週間と少し前にだ。葬式もして、通夜には宍戸に付き添って俺も参加して、もうあいつは墓に入っている。名字と彫られた墓だろう。
それなのにもうどこにも存在するはずないそいつの姿かたちが俺に見えるというのはつまり、俺が見ているそいつは紛れもなく幽霊だと言うことだった。
なぜか俺には見える女は、一週間と少し前に自殺した女生徒だった。
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