透明で彩る | ナノ

 
 
すーっげえ、タイミング。
そう思ってしまった瞬間に、「うーわ」という声が小さく小さく漏れた。たぶん届いてない。セーフ。ジャッカルに打ち明けたこと。それから2週間。倉敷都は一世一代の勇気を出したようだ。外はあつくて、俺も倉敷も木陰とは言え外じゃじりじりした日光に狙われ、汗ばむ。
いつかのはにかむ様な小動物な笑顔でも、いつかの余裕のある笑みでもなかった。真っ赤な顔で、達成感とか、幸せすら感じ取れるような笑顔だった。みっつめの笑顔。どれもかわいーから、やっぱコイツかわいー。みたいな。


「気付いてるかもしれないんだけどね、私、丸井君のことが、すごく好きです」


もっと、こう、必死で、息のつまるような切羽詰まった表情の告白をしてくるのかと思っていたというか、そういうのが普通なのかなって思ってたから。こいつの告白はすごく新鮮味があって。すごく好きですって、可愛いわそんなん。ていうか、こんな度胸あったんだ。そんな感想を抱いた。俺なんかより、ずっと強えんだなあ。
と思ったら、彼女の可愛らしいその笑顔が少し息苦しく詰まる。言うか言わないか迷ってるって表情だ。この後の台詞なら想像がつく。告白してくる子って大半が、それを言うか決めないまま来て、そこらへんは土壇場でなんとかするんだ。俺の反応を伺ってから決めるパターンであったり、その時の緊張の度合いによって決めるパターンであったり。その時の表情が、ちょうど、今の倉敷のそれ。


「それで…、もしよかったら、付き合ってもらえないかな…?」


彼女は言うことを選んだ。告白される側としても、そちらの方が、普段は有難く感じる。好きです、だけだと何を返せばいいかわかんねーっていうか。
でも今は、そのわかりきってた言葉に揺らいだ。自分の感情にではなかった。後輩の姿が思い浮かんでしまったから。部活終わり。俺が呼び出される様子を赤也は目の当たりにしていたはずだ。以前氷帝との練習試合の際に呼び出されたときとは違い、"丸井先輩"が、"都先輩"に呼び出されてるその状況を、アイツは見逃さなかっただろうし、目をそらすことも出来なかっただろう。

うーん。どっちへ転んでも修羅場。


伝える勇気を得た倉敷。諦めかけている赤也。逃げだしてもいいかななんて、弱い俺。
強いのは倉敷だけだ。男に生まれたって、テニスがどんなにうまくなったって、結局こういうとこ、情けねえとダメだろって。苦笑。俺も赤也も。どいつもこいつも強くなれたらよかったのに。その分、傷付く人だけが増えるけど。

「あ、えっとね、返事は待てるから。考えてみてほしいの」
「…いや。ありがとうな。うん、俺達、付き合おっか」

よく考えたわけじゃない。この先どうなるのかとか、そんなことなにひとつだって。というよりは、全然思い浮かばなかった。流れに任せてみてもいいんじゃないかって思った。どちらかっていうと今はそっちの方が、俺の気持ちにも素直な気がした。誰も、俺の決断を咎めたりしない。したくてもできない、の方がそれっぽい。

「え…?丸井くん?」

倉敷が目を見開いて俺を見つめる。
なんか、前から可愛いとか小動物とか、でも興味はないとか、あ、でもやっぱ好きかも、なんて。今まで散々好き勝手なこと思ってたけど、急にすげえかわいく思えてきた。なんつうか、俺がこいつを守ってあげた〜い みたいな。みたいな?
微笑んで、倉敷を見つめ返す。赤くなる頬が暑さのせいなんかじゃないことは明白で、素直さを感じた。うんうん、いい気分。なんか、天才的に格好良い顔、決めれちゃいそ。

「聞えなかった?俺も好きだぜってこと」

悪くなったわけじゃない。




善悪の境界を知っている

prev//next