透明で彩る | ナノ

 
 
「なぁー、ジャッカル、聞いて」

妙にボーっとしてばかりだなと思って見ていたブン太がふと話し掛けてきたから、少しだけ驚いた。またこの間と同じベンチで二人並んで、ドリンク片手に座る。鮮やかな赤毛がワックスですこし束になっている。新しいワックスを買ったらこれがいい匂いでさぁなんて笑ってたのを思い出した。

「おう、なんだよ」
「前にさ、雨月って奴のこと好きって話したじゃんか?」
「ああ、」

そのことか。そう思ってブン太の横顔を眺めるのをやめた。
もしかして忍足との噂話が偶然に彼の耳にも飛び込んだとか、そんな話だったらと案じると恐ろしかったから。そんなことを考えていたせいか、この間の試合の日に見た光景をありありと思い出してしまった。そんな不安も嚥下するように、生唾を飲み込んで誤魔化した。
でもあの時倉敷に呼び出されててさ〜なんてご機嫌だったブン太がそんな光景目の当たりにしている筈もなくて。いやむしろ、予想もしていなかった所へと話は飛んだ。

「俺やっぱさ、あのほら、倉敷いんじゃん」

嫌な予感がした。もう一度彼の横顔を見たが、その表情は何も語らない。

「雨月って子の話じゃないのかよ、なんで倉敷に…」
「俺、倉敷のが好きかも知んね」
「………」

無言になってしまった俺にブン太が少しそわそわしだす。なんかごめん、俺に謝る理由はないと思うけど。たぶん何か喋らなきゃと焦ったのだと思う。いつもはマイペースにガムなんか膨らませながら余裕ぶっているくせに、こういう時だけ。素直に弱みを晒しながらブン太はさっき自分が口に出したことについてまだ考えているようで、ううんと唸っている。

「いや別に、俺は直接関係ねえしなぁ」
「でもまだ俺にも全然わかんねーの」
「いいんじゃねえの、倉敷ならお前のこと好きじゃん 望みのある方に行くのも」
「逃げたみたいな言い方しないでくんなーい?」

本心だった。むしろ雨月雫を好きでいて色んなことを知っていくブン太の話を隣で聞ける自信はない。あれに巻き込まれたりしても彼としては救われないくらい不毛だろう。
唇を尖らせて、少し癖のある赤毛を指でぐりんと弄りながら、女子の真似のつもりなのだと思うが、ブン太はふざけた調子でそう言った。なのに、その直後に自ら神妙な顔つきでぼやいたブン太は俺に何か言ってほしいのだろうか。それでいい、頑張れよ、とか?なんて言ったらいいか分かんねえなあ。

「でも多分逃げたわ だってさ倉敷、文句なしに可愛いんだぜ、俺のこと大好きだし」
「そうだなぁ」
「ぶっちゃけ、遠距離片想いとか笑えないくらい機会ねえんだもん」

あ、お前もだよなごめん 今日はブン太がよく謝る日だから、明日は雪でも降るかもしれない。まぁ間違ってないし、わからないでもないから笑っておいた。
俺は両想いになりたいわけではないし。あ、これも逃げなのかもしれない。だって彼氏とか好きな奴とか、そういうのいるのかすら知らないし。ましてや会話なんてしたことなかった。知っていることといえば杏という名前くらいで。これを恋心と呼んでいいのかすら不安になってくる。周りの恋に燃えている奴らを思い出していくと、直ぐにあいつの顔が思い浮かんだ。

「でもまぁ、お前がそう来たら赤也が哀れだな」
「あー、なぁ こないだ泣かれたし」
「うわ」
「でも俺も泣きてぇー…」

俺が思っているよりもずっと複雑な関係にあるのかもしれないと思った。
木陰でもジリジリと肌が焦げていくような感覚。夏だ。この感覚は嫌いじゃなかった。
それにしても、ブン太が泣く所なんて想像したこともなかった。大声で泣くのだろうか、声を殺して泣くのだろうか。やっぱり想像できなかった。

「は?やめろよ、ハンカチ今日持ってないからな」
「てかわざわざハンカチで涙拭いてたら女々しいだろ」
「引くな」
「そうだろ?あー、けど本当まじねえわ 修羅場だわ」
「倉敷のこと好きになったような気がすることが?」
「その他諸々」
「へぇ」

そんなに色々あるのか。やっぱり俺が思っているより本当に複雑なようだ。
少々真面目に心配になったところで隣を見るとお気に入りのガムの包みを優雅に開けていて、まぁ大丈夫かという気になった。こうやって思わせるところが彼らしいけど、本当はどう思ってるのかは知らないけれど。当の本人はもうガムをクチャクチャと噛み始めて「まぁ」なんて落ち着いた声。

「いつか話すわ 聞けよ」
「どうせ聞かせるだろ ハンカチ用意しといてやるよ」
「だからきめえって」

わははって笑ったブン太の口から薄い緑のガムが見えた。



わからないね

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