透明で彩る | ナノ

 
 
謙也の様子に些かの違和感を覚えながら、俺は気付かないふりをした。
俺の中に沸き上がった感情に首を捻りながらも、俺は何も知らないふりをした。

フェンスの網目がまるでモザイクみたいに彼女達の顔を表情を見えにくくしていた。だからだろうか。よく聞こえる声援は雑踏よりもハッキリとしているのにどこから響いているのか見えないような気がして気持ちが悪い。いつもはあまりよく見ていない景色はまるで違和感があった。ほとんど無意識に、フェンスの隙間に目を凝らす。そこに、いつもひっそりと真っ直ぐと俺を見詰める視線はなかった。自分が探しているその視線。なぜ自分がそれを探しているのかわからなかった。いやでも、もしかすると、俺は無断で欠席している部員のことを探しているだけなのではないのだろうか。そうだ、きっとそうなのだ。

「財前、杏ちゃんと喋って遅くなっとったりしてなぁ」

唐突に、謙也が俺に言った。へらへら笑いながら、鋭く俺を見た。いやいや、こいつ何を勘繰っとるんや。
正直意味が分からないまま、かもなぁと、穏やかに笑顔を返した。杏ちゃんなぁ。財前のお気に入りやんなぁ。そんな杏ちゃんのお気に入りは俺やけど。
ふわふわと考えながら、それでも目は誰かを探していた。それが彼女なのか彼なのか。わかっているけれど、理解は出来なくて、困惑してしまう。
いつも照れた笑顔で俺への差し入れを持ってくる彼女。俺の隣にはいつでも杏ちゃんへの想いを隠しきれない財前がいた。それでも彼女は残酷なほどの盲目っぷりで俺しか見えてなくて。

財前が杏ちゃんと喋ってて遅くなっている その可能性は拭いきれない。それなら俺は微笑ましい後輩の片想いの背中が後退りしてしまわないように支えていてやるべきではないか。わかっていた。頭ではわかっているのに、なんとなくできなくて、なんとなく苛々してしまう。好きな人を思い浮かべては、苛々してしまっていたのだ。


俺の好きな人は遠くにいる。姿を見ることもそう簡単には出来ないのだ。いつかの記憶ではあんなに近くにいたというのに。目を瞑れば鮮明に思い出されるなんてうそだ。少しずつぼやけていってしまう。消えないうちに。俺から彼女がではない。彼女から俺が消えないうちに、だ。そうだ俺には彼女しかいない。近くで揺れる明るい色に惑わされているひまなどない。




消えてなくなるずるいひと

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