透明で彩る | ナノ

 
 
口が渇いた。
水分を欲しているのかと思い手短な水道水を口に含む。まずい。水道水特有の塩素の味に口の渇きが潤されることはなかった。そこにたまたま通りかかった柳が持っていたお茶をわけてもらったけれどやっぱり何か渇いたような感覚が舌に残りなにやら不快感。
「ならば糖分じゃないのか」制服のポケットを探る柳は俺のことを糖尿か何かだと思っているのかもしれない。憤りを覚えつつ、差し出されたチョコレートは有難く頂戴しておいた。柳に手を振ってから、かわいいデザインの施されたセロハンと銀紙を我ながら慣れた手つきで剥がして、あらわれた魅惑的な茶色を口に放りこむ。あーなんか、そうそう、こんな感じ。だけどなんか、ちがうんだよなあ。

「あっブン太おはよー」
「もー昼だっつの」
「ねえ昨日ね、クッキー焼いたんだ〜」
「おっ珍しー」

くるんと巻いた黒髪は、いつか俺が褒めてからよくするようになったんだっけ。そん時にはそれなりに似合ってるって思ったんだろうけど、今見ると日本顔の横にくっついた巻き髪はなんだか浮いている様な気がした。でも今更やめたらって言ったら逆上されっから、やめとく。

女の子らしい高めの声で、なんだか気の抜けた口調。
おはようと言うにはもう太陽は上りすぎているけれど、最近はみんなずっとおはようって言い合っている。たしかに友達にってあんまりこんにちはって言わねえし、おはようの方が直ぐに言いやすいのもわかる気がした。
冗談交じりに笑う。なんだかデジャヴ。なんて言って良いのかもよくわかんなくて適当に愛想笑いを作るような感覚の方には珍しいと感じなかった。だって思い出すと俺しょっちゅうこんな風に笑ってる。
いつからか。なんて言えばいいかとか考えることもなくすんなりと相手の気分を害さないで済むような当たり障りのない言葉がポロポロと出てくるようになった。一番最近で心の底から嬉しいと感じたのはいつだっただろう。いやまぁ、今も普通にうれしいんだけど。

「あっはは、でしょ!はい、ブン太にだけ特別!あげる!」
「サンキュー、腹壊したら訴えるから〜」
「きゃはははっやだぁ〜 あっじゃあばいばーい」
「うーいばいばーい」

うれしい、うれしいんだけど。だけど、

わざわざホッチキスを使って包まれたプラスチックを無造作に破ると巻き髪の彼女が上機嫌で選んだのであろうラッピング袋の可愛い模様がグニャリと伸びた。歯を当てると大した触感も残さずに崩れたクッキー。うんまあ、味は普通にうまい。


「なんだろうなあ」


脳が欲する心の糖分

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