透明で彩る | ナノ

 
 
忍足くんの試合が終わって、結果は5-7。惜敗だった。赤也君の試合まであと少しだけあって、暖かい日差しはどうしてもウトウトしてきてしまうから、立海校内を散歩していた時。

「雫」

私の名前を呼ぶ低く通るその声がなぜここにあるのか不思議に思った。振り向けばその人の青い瞳に私が映る。

「…跡部くん」

ズンズン、近付いてくる彼の表情は酷く険しい。
探したのだろうか。確かにまだテニスコートからあまり離れていない。それとも、たまたま見掛けたところで、怒りがわき上がってきたのだろうか。どっちでもなんでもいいけど、どうしたらいいかなと、頭の隅で少し焦りながら考える。自分が混乱しているんだと気がついて、更に焦った。
怒ってる。嫌われてる。軽蔑されてる。の、かな。
別にどうだって良かった。嫌われたからどうしたってわけじゃないし、軽蔑されても仕方ないってわかってるし、怒っていたとしてもこればっかりは私が悪いわけじゃない。侑士君だって悪くない。悪い人がいるとしたら、それは多分私に好意を持ってしまった彼自身だ。そんな身勝手とも取れそうな考え方で、私は私の恋をする。

けれど、こんなにも悲しくて恐ろしい目で見られるようになって、今迄ずっと本当に愛しいものを見る目で見てくれていたのだということが分かったから。怖いと感じた。

そう、だから、次の瞬間起こったことが、一体何なのか、どういうことなのか、理解するのにとても時間がかかってしまったのだ。
もう夏間近で、蒸し暑くなるのは当たり前なはずで、でもそうじゃなくて、もっと違う、暖かくて、初めてで。なんだろう、これ。

「…え…跡部君、ねえ…?」

逃げ道のない戸惑いが私の中で浮いたり沈んだり。無言の彼は、私には見えないところで悲しそうにしているんだと思うと、どうしたらいいかなんてわかる訳もなくて。

あぁまた、愛されているんだ。
悪いことのはずはないけれど、きっと苦しいこと。今も、少し、息苦しかった。

「…離して、苦しいよ」


最後にまた、確認するみたいにぎゅっと、抱きしめられて、ふわりと、肩から跡部君の重みが離れた。

抱きしめられるということに慣れていなかった。男の人に抱きしめられるということに。
侑士君はキスばっかりだから、そういえばマンガみたく優しく抱きしめられたことなんてなかったなあなんて、今更に気付いた。侑士君はなんで抱締めてくれたりしないのかな。私に遠慮でも、しているんだろうか。そうだとしたら、そんなの侑士君には似合わない。けれどそうさせてしまっているのは私だから。

泣きそうなアイスブルーの瞳に、問いかけた。

「どうして」
「好きだからに、決まってんだろ」
「そ、か…。軽蔑、されたかと思ってた」
「別に、忍足のことが好きなだけだろうが」
「………」

そうだね。そういえば、そうだね。難しいこと全部取りはらってしまえたなら、跡部君から見れば私の感情はたったそれだけのことなんだよね。でもねちがうの。言いたかったけど、涙が出てきそうで、言葉にならなかった。でもわたしは、跡部君は知らないでいいところで、もっと禍々しい感情を持っている。

嘘じゃない。ふざけてない。遊びでもない。愛してくれている。それは確信。
まっ直ぐで、強くて、脆くて、それを隠して、私を好きだと言ってくれる。

でも、私は。
私はね。


「…ごめんね、私じゃ、応えてあげられないんだよ」



柔らかに落ちてゆくの
 

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